「ここまでやった」は何度でも顔を出す
諦めきれない理由がある
何かをやめようと思った時。
離れようと思った時。
方向転換を考えた時。
私たちの頭の中には、
よく同じ言葉が浮かびます。
「ここまでやったんだから。」
時間を使った。
お金を使った。
努力を積み重ねた。
たくさん悩んだ。
だから、
簡単には手放せない。
それは、とても自然な感情です。
過去は何度でも引き止めてくる
厄介なのは、
その言葉が一度だけでは終わらないことです。
「ここまでやったんだから。」
この言葉は、
決断しようとするたびに顔を出します。
もう少し続ければ変わるかもしれない。
今やめたら今までが無駄になるかもしれない。
あと少し頑張れば報われるかもしれない。
そうやって、
私たちは何度も立ち止まります。
もちろん、
本当に続けた方がいい場合もあります。
だから判断は難しいのです。
未来と過去は別の話
でも、
一つだけ覚えておきたいことがあります。
それは、
過去にどれだけ費やしたかと、これから先どうするかは別の話だということです。
今まで努力したこと。
時間をかけたこと。
本気で向き合ったこと。
それらの価値が消えるわけではありません。
ただ、
それと、
これから先も続けるべきかどうかは別の問いです。
過去の努力が大きいほど、
その二つを混同しやすくなります。
何を失いたくないのだろう
もし今、
「ここまでやったんだから。」
という言葉が頭に浮かんでいるなら。
少しだけ問いを変えてみてください。
本当に失いたくないものは何だろう。
時間だろうか。
お金だろうか。
期待だろうか。
それとも、
頑張ってきた自分自身だろうか。
そう考えると、
見えてくるものがあります。
私たちが手放せないのは、
目の前のものだけではありません。
その中に込めてきた思いでもあるのです。
だから、
「ここまでやった。」
という言葉が出てくること自体は悪くありません。
ただ。
その言葉だけで未来を決めてしまわないこと。
それが、
自分を守るために大切なことなのだと思います。
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