「戻れなくなる前に。」第2章【手放すという選択】②
損切りできない理由
「ここまでやってきたのに」
「ここまでやってきたのだから。」
そんな言葉が頭をよぎることがあります。
これだけ時間をかけたのに。
これだけ頑張ってきたのに。
ここでやめたら、全部無駄になる気がする。
もう少し続ければ変わるかもしれない。
あと少しで報われるかもしれない。
そう思って、踏みとどまる。
それは決して特別なことではありません。
むしろ、多くの人が経験する自然な感覚なのだと思います。
手放せないのは、弱いからではない
私たちは時々、
「なぜ、もっと早くやめられなかったのだろう。」
と過去の自分を責めます。
でも、本当にそうでしょうか。
そこには、
諦めたくない気持ちがあった。
信じたい気持ちがあった。
報われてほしい願いがあった。
大切にしてきた時間があった。
簡単に手放せないのは、それだけ真剣だったからかもしれません。
だから、
「まだ続けてしまった自分は弱かった。」
と決めつけなくてもいいのだと思います。
「ここまで」と「これから」は別の話
ただ一つ、忘れたくないことがあります。
それは、
これまで費やしてきたものと、
これから先の選択は、本来別の話だということです。
これまでの努力には意味がある。
積み重ねてきた時間にも価値がある。
だからといって、
そのことが、
「これからも続けなければならない理由」
になるとは限りません。
過去を大切にすることと、未来を縛ることは同じではありません。
ここまでの自分を否定しなくてもいい。
それでも、
これから先を選び直すことはできるのです。
期待もまた、手放しにくい
お金や時間だけではありません。
私たちは「期待」も手放しにくいものです。
いつか変わるかもしれない。
わかってくれるかもしれない。
報われる日が来るかもしれない。
そんな期待があるからこそ、人は踏みとどまります。
期待を持つこと自体は悪いことではありません。
でも、
期待を持ち続けることと、自分を削り続けることは違います。
「何を信じたいのか。」
「どこまでなら続けたいのか。」
そんな問いを持つことも必要なのかもしれません。
何を手放し、何を残すのか
もし今、
「やめたい気持ち」と
「ここまでやってきた気持ち」の間で揺れているなら。
どちらか一方を否定する必要はありません。
ここまで頑張ってきた自分も、本物です。
もう十分だと思っている自分も、本物です。
だからこそ。
「全部を失う。」
「全部を続ける。」
その二択だけではなく、
何を残して、何を手放すのか。
そんな視点で考えてみてもいいのかもしれません。
損切りとは、過去を否定することではありません。
それは、
これから先の自分を守るために、
未来へ向けて選び直すことなのだと思います。
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