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自立した人を育てるために

小学校教師で、2児の父、雄剛です。

最近、職員室で話題になった話です。

「少し考えれば分かる質問をするのが許せない!」

皆さんはこの話、共感しますか?それとも反対ですか?

少し考えれば分かる質問

授業をしているとこんな質問がくることはありませんか?

〇先生、これはこうやればいいんですよね?
⇒おーーーい!!今説明したばっかりだよーーーー!!!

〇先生、これはどうやればいいんですか?
⇒いやいやいや。今までも何回もやってきたから今さら確認が必要?

〇先生、テストの問題の文の意味が分からないんですけど?
⇒それを教えてしまったらほぼ答えだよね?

他にもたくさんありますが、例えばこういう質問です。
こういう質問をしてくることが許せない!……という話。

職員室では
「わかる!それはだめだよね」派が多かったです。

私も「わかる!それはだめだよね」派

学校で子どもたちを育てる最終目的地は「自立」だと考えています。
学習や行事、日常の生活を通して土台となるいろんな経験、知識を蓄えながら自分で考え、行動できる人を育てることがゴール。(これは小学校で完結するのではなく、中学校、高校、大学と進んでいく中で徐々にゴールへと向かっていくし、個人でそのゴールが高校の人もいるし、大学の人もいる……というイメージをもっています)

そう考えた時に、こういう質問をするというのは自分で考えようとしていないですよね。発達段階にもよりますが、まずは自分で考えようとする姿勢を身に付けてほしいと思っています。だから、私はこうしています。

〇先生、これはこうやればいいんですよね?
⇒「それは今説明しました。」終了

〇先生、これはどうやればいいんですか?
⇒「あなたはどうしたらいいと思う?」
 (子)「いつもみたいにこうしたら……」
 「じゃあ、そうしよう」

〇先生、テストの問題の文の意味が分からないんですけど?
⇒「それも含めてテストです。」終了

こういうやりとりを学年始めの最初にしておくと、そういう自分で考えないで何気なくしてくる質問はほとんど出なくなります。

「そんなの先生の意地悪じゃない?」

自立した学習者を育てるためには、そういう質問に全て丁寧に答えてはいけないということで話が終わろうとしていた時、最初にこの主張をした先生が言いました。

「でもね。娘にこの話をしたら『そんなの先生の意地悪じゃない?ちょっと答えたらすぐ終わる話しじゃん!』って言われて……。考えさせられちゃった。」

んー、子どもたちの側からするとそう感じるんですね。

もちろん、特に低学年なんかだと発達段階的に厳しいところもあるかもしれません。高学年でも特性として厳しい子もいるかもしれません。そういう子たちには、自分で考える考え方を教えてあげたり、特別な配慮が必要な場合もあると思います。

でも、やっぱり自立した人を育てるためには、そういう質問に丁寧に全て答えてあげて、「自分で聞かなくても、考えなくてもちょっと質問すれば誰かが答えてくれるのが当たり前」にはなってほしくないなと考えたりしています。

皆さんは、どう思いますか?ぜひご意見を聞かせて頂けたら嬉しいです。

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