人をカテゴライズしたかった私へ
最近、
「正解を探す気持ち」が、
少し薄れてきた気がしています。
以前の私は、
・自分に向いている仕事
・自分に合う環境
・自分の性格
・人との相性
みたいなものを、
ずっと知りたがっていました。
だから、
占いや自己分析も好きでした。
ホロスコープ、
数秘、
MBTI、
HSP。
「私はどういう人間なのか」
を知りたかったし、
同時に、
「人のことも理解したい」
と思っていたんです。
でもなんだか、、、、
noteを書いて、自分の気持ちを整理している中で、少しずつ感覚が変わってきました。
人って、
そんなに単純じゃないな、
と思い始めたんです。
優しい人にも冷たい部分があるし、
強そうな人も不安定になる。
昨日は好きだったものが、
今日は少し違って見えることもある。
自分自身だって、
ずっと一貫しているわけじゃない。
なのに私は、
数十個の分類で、
人を理解しようとしていました。
たぶんそれは、
「分かりやすい答え」が欲しかったからだと思います。
安心したかったんです。
「私はこういう人」
「この人とは合う」
「これは正しい」
そうやって、
世界を整理したかった。
でも今は
“整理しきれない部分”
の方に、
少し興味が出てきました。
矛盾しているところ。
揺れているところ。
説明できない感情。
以前の私は、
“揺れ”が苦手でした。
気持ちが変わることも、
迷うことも、
なんだかダメなことのように感じていたんです。
だから、
「自分はこういう人間です!」
を、
早く決めたかった。
でも
人って、
関係性や環境で変わるし、
時期によっても変わる。
同じ人の中に、
・優しさ
・面倒くささ
・強さ
・弱さ
・理想
・現実
が全部同時に存在している。
そして、
それがなんだか面白いな、
と思い始めています。
最近はふと、
「人生のB面に入ったのかもしれない」
と思うことがあります。
A面だった頃の私は、
・正解
・効率
・評価
・分かりやすさ
を求めていました。
ちゃんとしたかったし、
ちゃんと理解されたかった。
B面を意識してからは、
うまく説明できない違和感。
言葉になりきらない感情。
人間の複雑さ。
「こういう人」
だけでは終わらない部分。
そういうものを、
前より見てみたくなりました。
たぶん私は、
答えが欲しいというより、
“もっと解像度高く、人や自分を見たい”
のかもしれません。
きれいに分類することより、
「こんな面もあるんだ」
を、
見ていたい。
それもあってなのか、今は
そんなふうに揺れている自分のことを、
少し嫌いじゃなくなってきた気がします…!
