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育児について、少し考えてみた…

「パパ、見て!」

夕食を終えたあと、娘が僕のところへ走ってきた。

手には、さっきまで遊んでいたおもちゃ。

「これ見て。できた!」

どうやら自分で何かを作ったらしい。

「おお、すごいな」

そう言いながら、僕はスマホに目を戻した。

娘は少しだけ僕の顔を見て、それからまたおもちゃを見せてくる。

「パパ、ちゃんと見て」

その言葉に、少しだけドキッとした。

ちゃんと見ているつもりだった。

でも、本当に見ていたのは、おもちゃではなくスマホだったのかもしれない。

子どもにとっては、作ったものそのものより、

「パパに見てもらうこと」

のほうが大切だったのかもしれない。

そう考えると、少し申し訳なくなった。

子どもは、何か特別なことをしてほしいわけではないのかもしれない。

一緒に遊んでほしい。

一緒に笑ってほしい。

「できたね」と言ってほしい。

ただ、自分が見つけたものを一緒に見てほしい。

もしかすると、子どもが求めているのは、

一緒に笑ってくれるパパ

なのかもしれない。

考えてみれば、抱っこを求めてくれるのも、手をつないでくれるのも、「パパ見て!」と呼んでくれるのも、ずっと続くわけではない。

今は当たり前にあるけれど、いつかなくなる。

抱っこしようとすると、

「もういい」

と言われる日が来る。

手をつなごうとしても、

「一人で歩けるよ」

と言われる日が来る。

そして、

「パパ見て!」

と呼ばれることも、少しずつ減っていく。

そう思うと、今まで何気なく聞いていた言葉が、とても貴重なものに思えてくる。

もちろん、毎回すぐに応えてあげられるわけではない。

仕事もある。

家事もある。

疲れている日もある。

スマホを触りたいときだってある。

だから、完璧な父親になろうとは思わない。

ただ、「あとでね」と言いそうになったときに、少しだけ立ち止まってみたい。

そして、できる日には、

「いいよ。一緒にやろう」

と言ってあげたい。

子どもとの時間は、いつまでも続く時間ではない。

今しかない時間だ。

いつか子どもが大きくなったとき、

「あの頃は大変だったな」

と思うのか、

「あの頃は、一緒によく笑ったな」

と思うのか。

その違いをつくるのは、もしかすると、今日のほんの数分なのかもしれない。

だから今日も、

「パパ、見て!」

と呼ばれたら、できるだけスマホを置こう。

ちゃんと顔を上げて、

「どれどれ?」

と言ってみよう。

そして、一緒に笑おう。

今しか聞けない、

「パパ、見て!」

だから…

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