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言葉が通じない地獄


人の言葉を言葉通りに受け取り続けた僕が、「話が通じない人」の存在を知るまで

僕は昔から、
人の言葉をそのまま信じてしまうタイプだった。

冗談や裏の意図よりも、
「言っていること=本音」だと受け取ってしまう。

でも人生の中で、
その前提が音を立てて崩れていく経験を何度もした。

父親の言動。
中学時代のいじめ。
社会に出てから遭遇したブラック企業。

それらは全部“別の出来事”に見えて、
根っこはひとつだった。

前提条件が壊れると、人は言葉に絶望する。

ここから、その話をしたい。


父親との出来事 ── 「ルールはいつも同じじゃないのか?」

子どもの頃、僕は父親との小さな出来事で
「言葉は一定じゃない」ことを知った。

夜、眠くて電気を消すと怒られた。
「一人で住んどるんか」と言われた。

以来、僕は「起きてる人が優先なんだ」と思った。

だから後日、父が先に電気を消したとき、
僕は同じ言葉を返した。

すると、また怒られた。

そのとき感じたのはただひとつ。

ルールはいつも固定されているわけじゃない。
その場の都合で変わることがある。

この感覚は、中学・大人・社会のすべてにつながっていく。


中学生の頃 ──「事実すら成立しない」世界にいた

いじめが始まったのは、
学校の帰り道に上級生3人に尾行された日だった。

逃げようとしたが捕まり、
よくわからない因縁をつけられて、千円を払うことになった。

そこから毎日が“前提が壊れる世界”に変わっていった。


✍️中学時代 ──「一万円」と言われた瞬間、前提が崩れた

ある日突然、「千円払ったら終わり」と言われていたはずの恐喝が、いきなり 一万円 に書き換えられた。

理由も説明もなかった。

「なんでいきなり一万円になるんだよ!千円って言ったじゃないか!」

「うるせぇ!!」 何度も蹴られた。

「明らかにおかしい。一万円なんて無理だ」

そう思った瞬間、 “払って終わらせる”という気持ちがスッと消えた。

その日は学校から帰ったあと、 少しでも気を紛らわせたくて、 近所の本屋で漫画を買った。 ジャンプだったか、マガジンだったかは覚えていない。

でも、家に戻ろうと玄関に近づいた瞬間、背筋が凍った。

玄関の前で、上級生3人が待ち伏せしていた。

「お前さぁ…… なんで金払わずに漫画なんて買ってんの?」

全部見られていた。

「1万なんて無理だと思ったから」と言うと、 相手はあっさりこう返してきた。

「少しずつ払えばいいだろ」

家にある小銭をかき集めてから、震える手でお金を渡す。

「じゃあ、今日の分500円」

でも、次の瞬間、また“前提”が書き換えられた。

「300円しかもらってねえけど?」

「500円だよ!」 「ちゃんと渡したよ!」

少しずつでも払えば、いつか一万円になると思って払ったのに。受け取っていないと言い張られたら、全ての前提条件が崩壊してしまう。

世界は相手の都合で書き換えられる。 事実も、金額も、言葉の意味も、 全部“向こうの都合”で決まる。

僕が感じていたのは怒りじゃなくて…… 「あ、ここでは何をしても正解にならないんだ」 という底のない絶望だった。


✍️中学時代 ──「数える」と言った瞬間、ルールがまた書き換わる

内心薄々お金を払っても暴力は終わらないんじゃないか?と思っていたけれど、後日また、家の小銭をかき集めた。

ちょっとでもお金を渡せば、暴力が弱まると思ったから。

僕は次こそ誤魔化されないように、 勇気を振り絞ってこう言った。 「次は僕が数えるから」

返ってきた言葉は常識の外側にあった。

「50円玉以下は受け取りませーん」

ケラケラ笑いながら、10円玉、5円玉、1円玉をつまんで、その場に投げ捨てた。

「受け取らないなら返して!」 と何度も叫んだけど僕を嘲りながら心底楽しそうにお金を捨てていく。

コロコロと地面に転がっていく硬貨を見ながら、 僕は理解した。

これはお金の問題じゃない。 金額の問題でもない。

「相手が上で、僕が下」 という構造を固定するためのルールだった。

こちらが正しく振る舞おうとすると、 相手は新しいルールを作ってくる。

ルールは“事実”ではなく、“都合”で生まれる。

それに気づいた瞬間、 胸の奥が冷たくなった。

ああ、ここには“対話”も“合意”も存在しない。 ここには相手の都合だけがあるんだ。


✍️中学時代 ──「利息」という“架空のルール”が作られた日

1万円を要求されたあの日から、 僕は何度考えても「1万円なんて無理だ」としか思えなかった。

中学生にとって1万円は、 “世界が変わるくらい大きい”金額だ。

だから、勇気を出してこう提案した。

「1万円なんて払えない。
お年玉まで待ってほしい」

だけど返ってきたのは、 人間の会話ではなかった。

「◯月◯日までに払わなかったら、
1日100円の利息つくからな」

最初は意味がわからなかった。

利息?
100円?
毎日?
なんで?

そんなルール、この世界のどこにも存在しなかった。

でも、それは“普通の世界”の話だ。

いじめの世界では、
“相手が言った瞬間に、それがルールになる”。

1万円という額も、
300円と言い張られる事実も、
返されない小銭も。

全部 “向こうが言った瞬間に成立する現実” だった。

そしてこの“利息”は、
その中でも特に圧が強かった。

僕は悟った。

「これはもう、話し合いじゃない」
「僕が何を言っても、この世界では意味を持たない」

正しさも、常識も、理屈も、
何一つとして機能しない。

そこには、
“その場で作られる現実”と、
それに従うしかない僕しかいなかった。


✍️中学時代 ──「目の前の事実さえ、翌日には否定される」地獄

ある日、僕は学校の窓ガラスの前に立たされた。
上級生に石を渡され、こう言われた。

「これ投げて、割れ」

逆らえば何をされるかわからない。
だから震える手で石を投げた。

ガラスは大きな音を立てて割れた。
割れた瞬間、上級生3人は僕を置いて走って逃げた。

逃げる準備だけ、最初からできていた。

翌日、学校に行くと3人に囲まれた。

「なんで窓ガラス割れてないの?
割れって言ったよね?」

意味がわからなかった。

昨日、ガラスが割れる瞬間を自分の目で見ていたはずなのに。

「たぶん張り替えたんだと思います」

すると、今度はこう返された。

「張り替えた形跡がないんだけど?」

この世界では、
“昨日あったこと”が、翌日には“なかったこと”にされる。

説明しても無駄。
言っても無駄。

事実という土台が壊れると、
言葉も意味も存在しなくなる。

その瞬間、僕は静かに理解した。

ああ、この世界では「真実」より「都合」のほうが強いんだ。

何をしても正解にならない理由が、
ようやく分かり始めていた。


✍️中学時代 ── いじめが「発覚」した日のこと(放火を強要された日)

利息の期限である◯月◯日が近づくにつれて、 僕は毎日ビクビクしていた。 「何を言われるのか」「何を要求されるのか」 そればかりを考えていた。

そんなある日、 学校の廊下に貼ってある掲示物を指さして、 いじめっ子が僕にこう言った。

「これ燃やせ」

手にはライターが握られていた。

放火なんてしたくない。 でも断れば何をされるかわからない。

ためらっていると、 殴られた。

それでも嫌だったので、 僕は震える手で火をつけて、 紙に火が移った瞬間、 息で吹き消した。

「ふざけんな」

怒られた。 もう一度着火を命じられた。

2回目は、 火が思ったより大きく上がった。 途端に3人は走って逃げた。

僕は必死に息を吹きかけて火を消そうとした。 でも中学1年生だった僕には、 「先生を呼ぶ」「水を持ってくる」 そんな発想が浮かばなかった。

ただ、必死だった。

誰かが先生を呼んでくれて、 先生は手でバンッバンッと叩いて火を消した。

すぐに問いかけられた。

「火をつけた人を見た?」

僕は言えなかった。 気まずそうに、黙るしかなかった。

先生は僕の表情を見て、 ゆっくり言った。

「……ひょっとして、火をつけた?」

その言葉に、僕はポケットからライターを取り出した。

震える声で、 でも逃げずに言った。

「やれって言われて……」

その瞬間、 いじめが発覚した。


✍️中学時代 ── 発覚後に起きたこと(話し合いと、終わりの瞬間)

火事未遂の件でいじめが発覚したあと、 僕は事情聴取され、 その日のうちに親へ連絡がいった。

学校には、 僕と親、 いじめっ子たちとその親、 先生たちが集められ、 話し合いの場が設けられた。

そのとき、 いじめっ子の一人が 頭をケガしていた。

なぜケガをしているのかは説明がなかった。 でも僕は内心こう思った。

「今回の件で親に叱られたとき、殴られたのかな……」

それが事実かどうかはわからない。 だけど、 “誰かが誰かに理不尽に当たる構造”は、 家庭の中にも存在しているのかもしれないと思った。

話し合いの場で、 いじめっ子の親の一人が言った言葉が忘れられない。

「家の子も中1の時にいじめられていました。 毎日どうやって帰ろうって悩んでいた痛みを知っているはずなのに……」

その言葉は、 いじめられた側の痛みと、 いじめる側に回ってしまう現実の複雑さを示していた。

父親は怒りながら言った。

「小さい子どもに、上級生3人で寄ってたかって卑怯者」

その日、僕が何ヶ月も悩み続けた“地獄”は、 大人たちの前に出た瞬間、 驚くほどあっさりと終わった。

あれほど悩み続けた地獄も、 “光に当てられた瞬間に”崩れるんだ。

それが衝撃だった。


黙っていた理由

僕はいじめを誰にも言わなかった。 言えなかった。

理由はたった2つ。

■理由①
「いじめられてると思われるのが嫌だった」

いじめられる= “僕に原因がある問題児だと思われる” そんなふうに感じていた。

あの頃の僕にとって、 いじめは“悪”じゃなくて、 “自分の価値の否定”だった。

■理由②
「いじめを自力で解決できないと思われるのが嫌だった」

小さなプライドだった。 でもそのプライドは、僕を黙らせるには十分だった。

だから僕は、

大したことじゃない=いじめじゃない

と自分に言い聞かせて、 “解決が必要ないこと”にして、 自分のプライドを守っていた。


大人になっても再び起きた「前提の崩壊」── ブラック企業という世界

中学生の頃に体験した
“前提が壊れる世界”は、
大人になればなくなると思っていた。

大人になれば、
筋が通る世界で生きられると思っていた。

でも現実は、違った。

社会に出た僕の前に現れたのは、
中学時代と同じ構造を持った“別の世界”だった。


✍️ブラック企業編 ──「お前は何をやっとったんだ?」の無限ループ

僕は製造業でブルーライン(段取り専門)として働いていた。
塗料、部品、シール、工具──
作業者が作業に集中できるように、
必要なものをすべて揃える役割だった。

ただ、この仕事にはひとつ大きな矛盾があった。

塗料やシールには“有効期限”がある。
朝の朝礼後から使い始めるため、
前日に準備しても固まって使えなくなる。

だから、僕は毎日
始業前に職場へ行き、誰よりも先に準備をしていた。

僕ひとりで、全員分の段取りをするためだった。

ある月曜日の朝、
僕はシールの準備を終え、
塗料は朝礼後に間に合うように動いていた。

ところが、朝礼が終わった直後、
ある作業者から突然こう言われた。

「土曜日に先行で作業したから、今すぐ別のシールを用意してくれ」

その対応に追われ、
塗料の準備が少し遅れた。

すると、怒鳴られた。

「遅い!お前は何をやっとったんだ!」

事情を説明した。

「シールを作ってました。
土曜日に先行した分で必要になったみたいで──」

「だから何をしていたんだ!」

意味が分からなかった。

何を伝えても、
「話を聞く」という前提が存在していない。

謝ってみた。

「遅れてすみませんでした」

すると、また同じ言葉が返ってきた。

「だからお前は何をしていたんだ!」

この瞬間、
僕は中学時代に感じた感覚を思い出した。

“あ、この世界では
相手の都合で現実が決まるんだ”

正しさも、筋も、事実も存在しない。

あるのは
相手の感情=その瞬間の現実
だけだった。

僕が別の作業者に呼ばれて離れた時も、
「あいつ逃げやがった」と言われた。

逃げてもいないし、
むしろ仕事を優先して動いただけだ。

でも、
相手が「逃げた」と言った瞬間、
その世界では“僕は逃げた人間になる”。

僕が苦しかったのは、
怒鳴られたことじゃない。

“意味が共有されない世界で働いていた”
ということだった。


✍️ブラック企業編 ──「辞めろ」と言われたのに、翌日には「言ってない」

別の日のこと。

同僚から突然こう言われた。

「お前、職場でめちゃくちゃ嫌われとるぞ。休憩時間の度に班長が◯◯はいつ辞めるんだって詰められてる。周りから責め立てられて、にっちもさっちもいかなくなる前に、自分から辞めるって言え!有給使ってハローワーク行って来い!!」

真に受けた僕は、本当に有給を使ってハローワークへ向かった。僕の為を思って言ってくれてるから顔を立てる為に。

辞めるつもりなんて本当はなかったから、

冊子だけ持ち帰って机に置いておいた。


それを見た父親に事情を説明したら、

「お前そんなこと言われて悔しくないのか!」と烈火のように怒られた。


悔しいに決まってる。

でも、僕のためを思って言ってくれた言葉には、

“筋を通したかった”。


ただひとつだけ、どうしても分からなかった。

善意を裏切らないように立ち回ったはずなのに、

なぜこんなに怒られているんだろう?


その“前提のズレ”だけが、

やけに胸に残った。


ところが後日、僕を辞めさせようとしたことがバレて(僕が有給を使った日に、ハローワークに言ったと言いふらしたことが原因)立場が悪くなった時、その人は平然と嘘を言った。

「辞めろなんて言ってねぇよ!!」

まただ。

中学の時と同じ“書き換え”。

“言った/言わない”ではなく、
“相手がどうしたいか”で事実が変わる世界。

たとえ僕がどう感じていようと、

相手が“僕のためを思って言ってくれた言葉”には、

ちゃんと筋を通さなきゃいけない──

僕はずっとそう思っていた。


僕はそのたびに
「僕の方がおかしいのか?」と自分を疑い続けた。

でも、違った。

壊れていたのは“世界の前提”だった。


✍️ブラック企業編 ──「給料下げるぞ」→「危機感を持たせたかっただけ」

上司から
「お前は使えないから給料を下げないといかん」
と言われたことがある。

僕はそのまま受け止めてこう言った。

「それはいいですけど」

※わかりました、適正価格まで下げてくださいって意味で言いました。

その一言に、めちゃくちゃ怒られた。

後から知ったが、給料を下げる気など最初からなく──

「危機感を持たせたかっただけ」

らしい。

じゃあ最初からそう言えばいい。

そう思った。

これもまた、
中学時代に経験した構造と同じだった。

言葉どおりに受け取ると、
“間違ったことをした側”にされる。

✍️ブラック企業編 ──「精神科に行け」と言われ、本当に行った日のこと

ブラック企業で働いていた頃、僕はある同僚にお金を貸していた。
「返す返す」と口では言うのに、まったく返ってこない。
謝罪すらなかった。

なのにその人は、普段から
「ありがとうとごめんなさいはちゃんと言え」
と周囲に説教していた。

その矛盾がどうしても受け入れられなくて、その人が僕の仕事をフォローしてくれた日に、僕は反発心から、あえて何も言わなかった。

“あなたが謝らないのに、僕だけ一方的に言う義理はない”
そう思ったからだ。

すると、その人は急に怯えたような顔をして怒鳴った。

「ありがとうとごめんなさいはちゃんと言えって、いつも言ってるだろ!!」

カチンときて、
「お前にだけは言われたくない──」
と理由を言いかけた瞬間、間髪入れずに言葉が被せられた。

「お前は俺を馬鹿にしてんのか!」
「土下座しろよ」
「ぶっ殺すぞ」
「お前のためを思って言うけどさ……頭おかしいんじゃねえの?
精神科行って治してもらえば?」

その言葉を、僕はそのまま受け取った。
“頭がおかしいかどうか調べてみよう”と思った。本当におかしいって結果が出たら治療すればいい。

ネットで調べて、僕は本当にカウンセリングへ行った。
◯◯カウンセリング研究所というところ。
1回8,000円。月に2回。
領収書が手書きだったことだけ、妙に覚えている。

診断で「頭がおかしい」と言われたわけではない。
ただ、精神が麻痺するほど追い詰められていたのは確かで、僕はそのままカウンセリングに通い続けることにした。内容は「なんかずっと話を聞いてもらった」記憶しかない。

後日その人にこの話をしたら、驚いた顔で言われた。

「え……ガチで行ったの?
あれは言葉のあやで、本気で言ったわけじゃないよ」

その瞬間、まただ、と思った。

相手が発した言葉は、
“その瞬間だけ現実として機能する”。
でも後から、いくらでも都合よく書き換えられる。

僕の誠実さは、その度に空振りする。
この世界でも、前提はやっぱり共有されていなかった。


中学とブラック企業に共通していたもの

中学でも、
父親でも、
ブラック企業でも、
共通していたことがある。

それは──

前提条件が共有されない相手とは、
会話が成立しない

という事実だった。

相手の都合で
“言葉の意味”が変わる世界では、

説明しても無駄
論理は立ち上がらない
認識が一致しない
事実が書き換えられる

そうなると、人は必ず消耗する。

僕が苦しかったのは

暴力そのものより、
前提が壊れ続ける世界で生きていたこと

だった。


そして今の僕が大切にしているもの

僕が文章を書くとき、
「筋が通っている」とか
「信用できる」と言われることがある。

それは技術ではなく、
過去の経験が作った僕の“核”だと思っている。

言ったことには責任を持つ
誤魔化さない
立場で意見を変えない
前提を壊さない
筋を通す

これは善悪ではなく、
あの頃の僕を守るためのルールなんだと思う。


最後に ── あの頃の僕へ

あの頃の僕に、ひとつだけ言いたい。

「あなたが弱かったんじゃない。
前提が壊れた場所にいただけだよ」

言葉が通じる世界は、必ずある。

そこまで、逃げていい。



それは決して恥じゃない。



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僕が出した結論です。

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