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映画「爆弾」 貴方に悪意をもって檸檬を贈呈 【映画感想文】

映画館を出たとき、少しだけ冷たい夜風が重苦しいものに感じられました。
永井聡監督の最新作『爆弾』
観終わった直後の私の心に残ったのは、物語の解決によるスッキリとした解放というよりは、何かザラッとした、でも奇妙に爽快な「悪意」の余韻でした。

今日は、私がこの映画から受け取ったものを、少し整理してお話しさせてください。



あらすじ

「スズキタゴサク」と名乗る謎の中年男が「東京に爆弾が仕掛けられており、1時間おきに爆発する」と予告し、それを阻止しようとする警察(交渉人・類家(山田裕貴)ら)との取調室での心理戦と、都内での爆弾捜索をリアルタイムで描くタイムリミットサスペンスです。
スズキはただの酔っぱらいに見えながらも、難解なクイズで刑事を翻弄し、爆弾の目的やスズキの正体、現代社会の歪みが徐々に明らかになる、原作(呉勝浩の小説)を実写化した作品です。

お読み頂きありがとうございます


監督からの「檸檬れもん」のプレゼント

まず、観終わった後に一番最初に浮かんだ感想。
「これ、梶井基次郎の『檸檬』のオマージュじゃないか」という直感でした。

映画のラスト、映像がない状態での自動販売機の音。そして「最後の爆弾は見つかっていない」というセリフ。
あの瞬間、私の頭の中で、文学作品の『檸檬』が鮮やかに重なったのです。
丸善の棚に檸檬を置いて、「これが爆弾だったらいいのに」と想像して立ち去る、あの有名なシーン。
永井監督は、この映画そのものを、現代社会という巨大な本屋に置かれた「檸檬」にしたかったんじゃないかな、なんて思ってしまいました。
そしてあのシーンを世に届けるために、この映画はあるのではないかと。


正直に言うと、ストーリーそのものに重厚な中身があったかと言われると、少し首をかしげてしまう自分もいます。
取り調べのシーンを飽きさせないためのカメラワークの斬新さなどは目を見張るものがありましたが、爆破シーンにそういった画変わりがすくなく、ただただ悪意が垂れ流され、ショッキングな映像が続き、観ているこちらの精神を削ってくるように感じました。
けれど、その不快さこそが、監督の狙った「爆弾」の正体だったのかもしれませんが。


佐藤二朗という怪優のプロモーションビデオ

そして何より、この映画は「佐藤二朗」という役者のプロモーションビデオだと思えました。もちろん、良い意味で。

彼が演じるスズキタゴサクの、あのヌメッとした不気味さ。佐藤二郎がいなければ、この映画は成立しなかったと思えるほどです。
笑っているのか、怯えているのか、それとも私たちを嘲笑っているのか。スクリーン越しに目が合うたび、背筋がゾワリとする感覚。
圧倒的な存在感でした。彼が画面に映るたびに「次はどんな嫌なことを言うんだろう」と身構えてしまうのに、目が離せないのです。


心がざわついた瞬間たち

映画を観ている間、いくつかのシーンで私の感情がピクリと反応しました。
「ん?」と引っかかったり、「それは違うんじゃない?」と反発したり。そんな感情をいくつか挙げてみます。

まず、クイズのシーン。
「選択できるかどうか」というヒントが出されたとき、「え、そこに反応しないの?」と警察たちに突っ込んでしまいました。
あんなに頭のいい類家たちが、そこをスルーするのは少し無理があるような気がします。幼稚園を救ってそれで "満足" などするでしょうか?

それから、大学生の若者たちがSNSのアカウントを消す描写。
タゴサクの告白動画の拡散率が閾値を超えたから次の事件が発生するのだと、当事者意識を刺激された彼らが、次々とアカウントを削除していく……。
彼らに一抹の善意があるようなシーンですが、「いやいや、現代人はそんなに実直ではないだろう」と冷めた目で見てしまいました。
もし人類がそんなに善良で、想像力豊かで、SNSを簡単に手放せるのならば、今ごろ誹謗中傷による悲しいニュースなんてなくなっているはずです。
その直前の、爆破事件を他人事として消費し、面白がる人々の描写がリアルだっただけに、その後の「改心」があまりに急すぎて、少し置いてけぼりにされた気分でした。

あと、現実的な疑問もいくつか。
すでに連続爆破事件が起きていてニュースになっているのに、その候補地とされた駅に、あんなに無防備に人が入っていくでしょうか? 私なら絶対に近づきません。

そして、石川明日香さん。
彼女は普通に自首すればよかったのでは……?
夫の事で、警察組織に不信感や恨みのようなものがあったにせよ、あそこまで事態を複雑にする必要があったのかな、と不思議に思いました。


疑問のタネと、想像の余白

観終わった後も、頭の中でぐるぐると考えてしまうことがあります。これが、この映画が私に残した「宿題」みたいなものかもしれません。

結局、スズキタゴサクって何者だったんでしょう?
身元不明のままですが、あの頭の回転の良さはただ者ではありません。
作中では、石川辰馬の計画を彼が引き継いだような説明(類家の推理)がありましたが、タゴサクに秋葉原などへの精巧な爆弾設置(時限爆弾もしくは遠隔操作)ができたのかは疑問です。
彼はあくまで「演出家」で、実行犯は別にいたんじゃないか。あるいは、石川辰馬たちが計画・実行したのは環状線の自販機だけという類家の推理は的外れなのではないか……。


そして、一番気になっているのが、終盤の類家刑事の推理シーンです。
彼が推理を披露するとき、背景が黒く沈む演出がありました。
あれは、ひょっとしたら「全部、類家の想像(妄想)」というサインだったんじゃないでしょうか。
類家だけが画面の中で浮き上がって見えるあの演出。彼が語る「真実」のようなもの、そして回想シーンのように描かれるタゴサクと明日香のやり取りも、実は彼が作り上げた一つの物語に過ぎないのかもしれない。


終わりに

文句も少し言いましたが、決してつまらなかったわけではありません。むしろ、こうして感想を誰かに話したくてたまらなくなるくらいには、心を動かされました。

映画館を出て、普段通りの街並みを見たとき、自販機の音が少しだけ違って聞こえる。
そんな奇妙なお土産を持たせてくれた永井監督と佐藤二朗さんに、今の私は少しだけ感謝しているのです。
こんなに鮮明に私の日常に悪意と恐怖を置いていってくれたのだから。



投稿日:2025/12/23

筆者:棚島 香帆汰(プロフィール
映画好き小説も書いてます


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