雑記:note活動をめぐる心境と、今後
自分が書いてきた記事をみて思う。
やはり文章や頭の中に繰り返し出てくるのは、人間関係の悩み…
人目を気にすること、「べき」思考があるところ、人と打ち解けられないこと、自分に自信がないこと。そして、そんな現状に常に不満を持っていること。
日々考えたことや気づきを、記事として世に出すようになって、いくらかすっきりする(ように感じる)部分は、確かにある。
でも、まだ出せていないものがある。
私の、考え方の癖の原因となったであろう、過去についてだ。
これが「核」の部分であり、これを出さないといつまでもすっきりはしない気がしている。
この部分について、洗いざらい誰かに語ったことはない。
友人に言うには重すぎるだろうし、
こんな過去を持っていることを恥だと思っているからだ。
私は今まで3回、カウンセリング的なものを受けたことがある。
そこでも全部は言えなかった。
全部を語るには長すぎるし、口頭でうまく伝えきれる自信がない。
それに、話しているうちに
「笑顔が素敵ですよ。」とか、
「大丈夫そうに見えますよ。」などと言われるからだ。
私は案外、演技がうまいらしい。
自分の過去を恥ずかしく思う感情が、無意識のうちに私に「大丈夫な演技」をさせる。
もちろん、大丈夫では、全然ない。
「そうなんですかね。」とちょっと笑って答える。
大丈夫じゃない。大丈夫だったら、こんな長い年月、ひきずることなんてないし、こんなに苛まれることだってないはずだ。
この、noteという、自分の発信の場でも、どこか演技…遠慮…躊躇している自分がいる。
触れようとはしているけど、できない部分がある。
でも、本当に演技する必要があるのか?
ここは私の箱庭なんじゃないのか?ここだけでは、自由になっていいんじゃないのか?
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そんなわけで、今後、どのタイミングになるかわかりませんが、私の過去についての記事を書こうかと考えています。
そして、それは初めての有料記事にしようかと…。
有料にしようかなと考える理由は、無料でオープンにしておくのもどうかというのと、傷にまみれた過去について振り返りながら書くのはかなりの労力がいると思うからです。
いつになるかわかりませんし、本当に書けるのかもわかりません。それについても「自由」にしようかなと。
自分のペースで書ききり、それを、人目のふれる場所に置く。
読まれるかどうかは別として、私にとってはこの行為に意味があるんじゃないかなあと考えています。
