私の黒歴史――遊びすぎて留年しかけた大学時代
大学時代、研究室のおしゃれな女性の先輩から言われました。
「今のうちに遊んでおかないと、これから学年上がると、もう遊べなくなるよ」
「ええ!そうなんですか!」
素直すぎた私は、その言葉を真に受けました。
田舎から出てきた理系の女子大生だった私にとって、「遊ぶ」といえばディスコ。そして「遊ぶなら新宿!」くらいしか思いつきませんでした。
とはいえ、大学は都心から電車で約1時間。同級生の友達が、そんな夜に毎日一緒に遊んでくれるわけでもなく、お金もありません。
そこで私が考えた夜遊びとは、新宿のディスコへ行き、飲んで食べて踊ること。
たしか女性は1,500円ほどで、食べ放題・飲み放題だったと思います。
これが、当時の私が思いつく精いっぱいの「夜遊び」でした。
夜は全力で遊ぶので、当然、朝は起きられません。
午前中の授業にはあまり出ず、午後から研究室にだけ顔を出す日々。
その結果、大切な単位をたんまり落としてしまいました。
必修単位を落とせば、即・留年になりかねない理系の学部です。しかも、ちょうど妹も大学へ進学した頃でした。
「これ以上、親に学費の迷惑はかけられない!」
そこで、ようやく火がつきました。
猛烈に勉強して、山のような追試に挑戦。一番の難関だった科目は、教科書の隅から隅まで、びっしりと勉強しました。
そして、追試にはすべて一発で合格!
その科目の教授からは、
「学ぶという意味が、わかったかね」
と言われました。
褒められたのか、それとも、呆れられていたのか。今もよくわかりません。
さらに、口の悪い男子学生からは、
「お前はバカなのか、賢いのか、どっちなんだ? 今年のMVP賞はお前にやる!」
と言われました。
ところが、野球のことがちんぷんかんぷんだった私は、
「MVP🏆って、何のこっちゃ?」
そんな賞もらっても、🏆意味が判らないから、ありがたくもありませんし、バカにもされてる気もした記憶だけ
わかったのは、ここ数年野球のルールを少し教えてもらうようになってから
結局、お前はスゲー奴だなぁと褒めてたんだね!と理解しました。多分知らんけど
でも今振り返ると、あのときお金ないままでも、私なりに一生懸命に夜の街で遊んでおいて、よかったとも思います。
同級生で、そんな遊びに付き合うような女子は居なかったから、一人で電車に乗って新宿へ行き、飲んで食べて踊り、翌朝は起きられない。
そして、留年しかけてから必死で勉強する。
遊ぶのも全力。追試も全力。
遊ぶって、案外大変!
これが、今では笑って話せる、私の大学時代の黒歴史です。えっへん!
