セレステ・イングの『秘密にしていたこと』を読んで感じたことは、子供に対する親の過度な願いや期待はただそっと心に秘めておけばいいということ
リディアは死んだ。
だが彼らはまだそれを知らない。
この言葉で始まるセレステ・イングの小説『秘密にしていたこと』
私はいきなり物語にぐいっと引き込まれた。
1977年5月のある朝
5人家族のリー家の長女である16歳のリディアが忽然と姿を消したことからこの物語は始まっていく。
数日後、泳げなかったリディアが湖で溺死して発見される。

リー家は5人家族
父のジェームズは中国人の移民2世で大学の教授
母のマリリン
長男のネイス
亡くなったリディア
そして末っ子のハンナ
父のジェームズは大学教授で
母は専業主婦
一見すると中流のアカデミックな家庭のように思えるが
ジョームズが中国人の移民2世ということで、目には見えない差別や偏見のようなものが彼の職場や子供たちの学校生活の中で見え隠れする。
時代背景は1970年代のアメリカで
オハイオ州のある田舎町での出来事。
人種が違う結婚はまだまだ一般的ではなかった時代に
中国系アメリカ人のジェームズと
南部出身のブロンドヘアーで白人のマリリンは恋に落ちて、マリリンの母の反対にも耳を貸さずに二人は結婚する。
(その時マリリンのお腹の中には長男のネイスが宿っていた)
マリリンの母は夫に去られてからマリリンを女手ひとつで育て上げた女性。
そしてマリリンの母は『女の幸せは素晴らしい家庭を築くことだ』と娘に言い聞かせてきた。
女性にとってそれ以外の選択肢はないかのように・・・
一方でマリリンはそんな母親に強い嫌悪感と反発を感じていた。
良い男性と結婚し、夫や子供に尽くして家庭におさまる当時の典型的な女性にはなりたくなくて
自分は人とは違う人生を歩もうと決心して、彼女は医師を目指し高校生活の楽しみや交流も全て犠牲にし
猛勉強して医学部に合格する。
ところが、1957年大学3年生になったマリリンは大学院生でまだ講師だった東洋人のジェームズと恋に落ちてたちまち恋愛関係へと発展するのだ。
マリリンが東洋人を現実に見たのはジェームズが初めてだったのだから
70年以上も前のアメリカでの人種のバランス?は今とはかなり違ったのだろう。
結局マリリンは結婚そして妊娠というハプニングも重なり
大学の課程を全て終了せずに
医師になる夢を諦めて家庭に入る。
皮肉なことに大嫌いな母がずっと望んでいたような女性になってしまったのだ。
そして、そのことがその後のマリリンの心に深い影を落とす

ああ、どうして人はいとも簡単に
幸せから不幸へとシフトしてしまうのだろう?
マリリンはジェームズと結ばれたときに至福を感じたのではなかったのか?
母に理解してもらえないことなどもろともせずに中国系アメリカ人のジェームズと結婚できたことに満足していたのではなかったのか?
夫の稼ぎで十分に満たされた生活ができ、マリリンを愛してくれる夫や愛しい子供たちが3人もいてくれたのに
それでもマリリンの心は満たされなかった。
幸せは今ここにあるのに、過去に諦めた夢を追い求めて、彼女はそれを娘のリディアに強く託そうとしてしまう。
マリリンはリディアに
『あなたには医師になって欲しい
私のような(私の母が望んでいたような)専業主婦にどうかならないで。
誰もが尊敬する医師として充実した人生を歩んでほしい』
と、無言の圧力で
幼い頃からリディアに医師へのゴールへのレールを引いていく・・・
でも、それは全てマリリンの叶えられなかった夢で、娘のリディアの願いでも夢でもなかったのだ。
かつての自分を投影させたリディアにだけひたすら関心を持ち
教育熱心な母マリリン。
母の愛を感じるからこそ
母を失いたくないからこそ母の無理な要求に『NO』と言えない娘。
中国人として子供の頃から成人しても差別や蔑視されてきたコンプレックスを持った父からの無言のプレッシャーにも息が詰まりそうなのに
父の望む明るくてたくさんの友達に愛されている女子高校生の姿を演じるリディア。
(実際、リディアの友達は一人もいなかった)
無理をしていたリディアは精神的にも追い詰められて、誰にも相談できずに成績はだんだんと落ちていくばかり。
私を溺愛して信じている両親には絶対に知られてはいけない。

親(マリリン)の立場、
そして娘(リディア)の立場として
私の経験からも身をもって感じたことだが
自分の叶えられなかった夢を自分の子供に叶えてもらいたいと願うことは
罪だ。
そして、どちらも幸せになれないと
今の私なら理解できる。
自分が幸せになるためには、誰かを利用したり動かしたりして得られるものでは決してないのだ。
そのことに家族が気がつくには
あまりにも大きな代償だったリディアの死。
リディアの死は
事件だったのか?
事故だったのか?
それとも親からのプレッシャーによる自殺だったのか?
彼女が亡くなった理由がたとえどれだったとしても
残された家族はこれからも生き続けていかなければならない。
彼女の死の真実が何だったのかを
一生自問して考え続けながら。
ただ、リディアが亡くなる直前に彼女が本来の自分を取り戻そうと前向きになっていたことを知った時、その事実が私の心をほのかに灯してくれる小さなひかりとなって、私の目の奥がじんわりとした。
リー家の家族5人のそれぞれが心の奥にしまい込んでいた家族にも誰にも打ち明けていない気持ち
それらは私や夫や娘たち、そして私の両親の中にも存在しているはずだ。
もう一度、私の家族に対する正直な想いや気持ちをそっと汲みあげてみよう。
大切な人を失う前に
手遅れにならない前に・・・
この物語は何世代もの親子の様々な心の葛藤を織りまぜて描かれた作品として私の心の中にいつまでも残るだろう。

ここまで読んでくださりありがとうございます。
セレステ・イングという著者を知ったのは、まゆさんのおかげです。
まゆさんの記事からこの著者に興味を持ちました。
まゆさんが投稿された記事の『密やかな炎』は、たまたま私が観た海外ドラマの原作だったこともあり、すぐに予約(図書館に)しました!
今回記事にした『秘密にしていたこと』も図書館からの貸し出しです(笑)
今は『密やかな炎』を読むのを楽しみにしているんです。
まゆさん素敵な記事をお借りさせていただきありがとうございます!
著者セレステ・イングの両親は1960年代に香港からアメリカに移住していて
彼女も小学生の時にオハイオ州に移り住んだそうです。
白人社会の中で東洋人として生きる彼女自身もさまざまな葛藤があったのかもしれません。
長文をここまでお付き合いくださりありがとうござます。
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