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世界哲学史を試みるということ──『世界哲学史1(1〜2章)』読書感想文

一、二巻にざあっと目を通しただけでほぼ買いっぱなしにしていた『世界哲学史』をちょっとずつ読んでいくことを始めようと思います!

記事では章ごとに内容を要約しながら私的解釈を加えて書いていく予定です。2〜3章ずつ文章にまとめ次第アップしていきます。

序章 世界哲学史に向けて(納富信留氏)

まず、「世界哲学史」の目指すところ。

これまで西洋、つまりョーロッパと北アメリカ中心に展開されてきた「哲学」という営みを根本から組み変え、より普遍的で多元的な哲学の営みを創出する運動、それが「世界哲学」と呼ばれる。私たちが活動する生活世界を対象とする哲学、多様な文化や伝統や言語の基盤に立つ哲学、そして、自然環境や生命や宇宙から人類のあり方を反省する哲学が、「世界哲学」の名のもとで遂行されようとしている。
それは、「世界」という名を冠することで、世界に生きる私たちすべてに共有されるべき、本来の「哲学」を再生させる試みである。
〜中略〜
だが、新たな哲学はなにもない荒野から突然に生まれ出るものではない。私たちには長い歴史において培われてきた様々な哲学の伝統、その豊かな遺産がある。それらを総覧して新たな知の源泉とする努力によって、人類の叡智を結集させることができるはずである。それが世界哲学史の可能性であり、それが切り開く未来の哲学の可能性である。

世界哲学史1(p.11)

現代は、西洋文明が基盤ではなく、各民族の多様な価値観や伝統が交錯している。その時代にあって、多様な思索の可能性を探るために非西洋の哲学は重要な示唆を与えてくれるのではないかと著者はいう。
ただし著者が指摘している通り、日本での哲学研究の多くはこれまで各専門分野に分れて発展してきたという。つまり、世界哲学史のはじめとして今、総論を述べられる段階にはとてもない。
そこで第一手として、このような取り組みをするのだと宣言している。

ここではまず、異なる伝統や思想を一つ一つ丁寧に見ていくことが基本となる。そして、それらに共通する問題意識や思考の枠組み、応答の提案などを取り出して比較しながら、歴史の文脈で検討することになる。従来の比較思想とやや異なる点があるとすると、二者か三者の間で行われる比較検討ではなく、最終的には世界という全体の文脈において比較し、共通性や独自性を確認していく仕方であろう。

世界哲学史1(p.17)

時間、場所にとらわれないという開いた前提のもとで、普遍性と合理性のもとに各思想を再度スポットを当ててみれば本質的な何かを得られるかとしれない──という取り組みとしての『世界哲学史』。

以前、このシリーズを本腰を入れて読み込む前に、一巻・二巻をざっとななめ読みしてみた。たしかにそれぞれの章の内容はまだ各論の域を出ないように思われたが、このように東西の思想を隣り合わせに並べることすら今までの哲学研究はしてこなかったということなのだろう。

哲学の専門家たちが取り組んでみた新しい試み。その内容を少しずつわたしも追っていこうと思う。

第1章 哲学の誕生をめぐって(納富信留氏)

哲学の持つ「普遍性」という根本性格を引き合いに出して、「世界哲学史」を試み、この本を編む目的を強く示す章。

冒頭、この本の核でもある「なぜ哲学は西洋中心になってしまったのか」「なぜ哲学は高尚な学問になってしまったのか」の問いがあげられ、世界哲学史の始まりに言及する。

私たち人間が日々漠然と抱く疑問や思念、それを社会的に共有する神話や宗教儀礼といったものを超えて、宇宙を含む世界の全体と私たち自身のあり方に思いを致すことが「哲学」という形で成立したとすると、それはいくつかの地域で比較的短い時間に集中的に始まったと考えられている。

世界哲学史1(p.24)

前八〇〇〜前二〇〇年頃に起こった、主に古代中国の諸氏百家、古代インド哲学、ギリシア哲学──この三つの地域での知的変動は、人間存在がつねにそこに還るべき根源であるとして、ヤスパースが『歴史の起源と目標』で「枢軸の時代」という理念で提唱しているという。

「この三つの世界が相互に出会うや、たちまち三者の間では奥底に至るまで相互に理解し合うことが可能である」

世界哲学史1(p.27)

遠く離れた地で、人間の根本的な思想がいっせいに芽吹き出したという見方はおもしろい。

続いて、著者は西洋哲学の源流となったギリシア哲学自体が「始まり・原理」を追求し、それにこだわり続けた思考法であったことが、西洋哲学以外の排除につながっているのではないかという自論を述べる。
では非西洋思想にも同じくスポットを当てていく世界哲学史において「始まりへの問い」は放棄すべきかというと当然そうではなく、その始まりの指す範囲を広げていくことが必要なのだと。

著者は日本での卑屈にも見える明治期からの西洋哲学の導入、中国での「西洋哲学と伝統思想の立ちの長年の議論に言及し、当然ながらこれらの議論が起こること自体、哲学とは「知恵を愛し求めるという生き方」であるという古代ギリシアでの定義に矛盾していると指摘する。
「場所、文化、言語などに関わらず人間が思考し続ける限り営まれ続け」「対象や目的にそもそも普遍性を持つ」ことが哲学であるという「哲学と普遍性のきれない関係」を引き合いに出し、

一つ、非西洋的な思想を哲学から排除することの矛盾
一つ、普遍性を哲学の本質とみなすこと自体、西洋的な見方に過ぎないということ。非西洋的思想を容れない西洋哲学こそ、哲学の定義に反するということ

この二つが世界哲学史として乗り越えなければいけないディレンマの壁であると述べる。
非西洋哲学は、現代においても哲学の土俵から外されたり、逆に過剰な期待に晒されたりしている現状がある。それを排他的でも一元的でもない同じ土俵で評価する基盤を確保することこそ「世界哲学史」の意義であると本論は結ばれる。

第2章 古代西アジアにおける世界と魂(柴田大輔氏)

この章では、古代メソポタミアの楔形文字文化と、その周囲・後世への影響が書かれている。章の最後に古代メソポタミアと比較して古代エジプトの文化圏・その宗教観・死生観についても書かれるが、あくまでメソポタミア地域の思想がメイン(エジプトの死後の世界の考え方は単品でおもしろいが、この書籍の本筋からは逸れ気味)。

メソポタミア、特に「下メソポタミア」と呼ばれるイラク付近を中心に前四千年紀、都市の形成が急速に進展した。そこで開発されたのが楔形文字である。この発明と放棄を古代メソポタミア文明の始まりと終わりと考えられている。

楔形文字(文化)基礎知識

  • 楔形文字の保存は粘土板が主だったため焚書、戦乱、事故による焼失を免れた

  • 楔形文字の文書には主にシュメル語とアッカド語が用いられた

  • 古代メソポタミアの宗教伝統は多神教的であった

メソポタミアの神話的な物語作品のひとつに『エヌマ・エリシュ』というものがあり、この冒頭部分は『旧約聖書』の「創世記」一章の天地創造の記述と類似していることで知られている。
古代メソポタミアにおいては定めは世界の運行を決める最も重要な因子だったというが、その定めは神々によって決められたものであり、神々は定めを超越する存在ではなかった。よって、定め=絶対的宿命ではなく(主に占いによって明らかになる)その定めが人物や国家にとって望ましくない時はそれを覆す方法が開発されていたという。つまり、神々は全能ではなく無謬の善でもなかった。また、学知における主流派ではなかったものの、神が関与している世界の不合理への問いは、『エヌマ・エリシュ』が及ぼした影響が見受けられる『旧約聖書』を聖典として抱く人々──ユダ人の知識層が抱えるもの同様に存在した。

古代メソポタミアの死後の世界への理解は、

  • 人間が死ぬと「肉体」は「亡骸」になる、死亡した人間は「エテンム」になる

  • エテンムは生命の意味合いは持たず、単に「死霊」「亡霊」を意味する

  • エテンムは地下にあるとされる冥界に向かう。天国や地獄の区別はなく、この世の行き来は容易にはできない。

  • そこでの暮らしぶりに生前の行いは関係なく、むしろ霊を供養する子孫の有無が左右した。

  • 十分な供養を得られない霊は時にこの世に「化けて出る」こともあった。

これらは民間の口頭伝承を素地にしながらも、(楔形文字の文書に残されているという時点で)国の境界を超えて交流し、当時の知を先導していた学識者によって編纂と体系化が重ねられているものであるという理解をするべきであると著者はいう。
このような楔形文字の文書・史料は紀元後一世紀頃をもってその伝統が断絶してしまったようだが、前述のように学識者たちの国を超えた交流により、ユダヤ教やギリシア語の文献などにその遺産を見出すことができるという。中国近隣諸国の漢字文化圏における中国思想のインパクトのように、楔形文字文化圏というものがあったように思われる。

一方、古代西アジア世界と地理的に近接しながらも、エジプト文字が発明され用いられていたエジプトでは、全く独自の思想が築かれていたという。
エジプトでは摂理や秩序、真実、規範などを包括する概念であるマアト(女神の姿をしている)が揺るぎない世界の秩序を握っている。このマアトの実現が、ファラオの責務であった。

死後の世界の理解においても、前述の古代メソポタミアより複雑な理解が発展していた。

  • 人間は肉体のほか、名前、影、バー、カーの五つの要素から成り立つ。バーは一人の人間における肉体以外の全てを内包している「人格」のようなもの。カーは生まれる時に現れる「生命力」のようなもの。

  • 人間の死はカーが肉体から離れることによって起こる

  • カーは肉体の死後も生き続け、カーを維持するためには生前と同様の食物が必要。また、カーの宿る場所として肉体が必要なため、亡骸がミイラ化されて保存された。

  • 死後、バーは日中は世をさまよい、夜は墓に戻って死者の保存された肉体と合体して肉体を存続させた。

  • 死者は来世において復活することが望まれ、来世における姿はアクと呼ばれた。

  • 死者がアクとなるには、カーと肉体が墓から来世に旅立たねばならないが、死者の肉体にはそれができないため、代わりにバーが旅立つ。このバーとカーが無事に合体でき、神々の前での死後の裁判を終えると、死者はアクとなって永遠に居続けた。

古代メソポタミアのシンプルな魂の理解は、日本の伝統思想を反映した『古事記』に書かれる黄泉の国の理解に近しいように感じる。
一方、エジプトのアクは生まれ変わりという概念や人間の生の完成形という意味で仏教の涅槃状態に近いと思うが、仏教より格段に現実の生への執着があるように見える。仏教の死生観には同じ生(過ち)を繰り返さないという思想を感じるが、エジプトの死生観には生前の生そのものを永遠化する向きがとても強い。
そういう意味では、このエジプトの死生観は特権階級のみにしか持ち得ない思想であり、非常に苦しい生活をしていた古代・中世の民衆には受け入れられ難い死生観であるだろうなと思う。


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