行かない理由も供養の形
今日は、迎え盆。
春彼岸には、姑を伴うのが嫌で、息子と二人でお参りしました。
お墓参りの必要性は、わかっています。
行かないはずがない。
ただ――
行かないとしたら、それは、この世の人間関係が原因です。
「顕幽一如」という言葉があります。
この世で私たちが和合できなければ、ご霊界でも同じように苦しまれているかもしれません。
それでも、無理はしません。
実家とも疎遠なので、実家のお墓も家も訪ねません。
なぜって?
行かないことには、それなりの理由があります。
でも理由というものは人それぞれ。
「だから行かない」と言っても、納得する人は少ないでしょう。
たとえお墓に行かなくても、
仏壇に向かわなくても、
「心は、ここにあるもの」。
私もかつては、「お墓参りもしないなんて」と人を責めたことがありました。
今は、その当時の心を反省し、静かに心中祈念させていただきます。
――私が少しでも笑顔を取り戻すこと。
それが、なによりの供養。
