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#シロクマ文芸部 雨が消せなかった言葉~短編小説~

小牧幸助さんのお題で書きはじめる企画「水たまり」に参加です。

締切は7/8(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。

※この物語はフィクションです。

雨が消せなかった言葉


水たまりに、一通の手紙が落ちていた。

雨上がりの朝。

駅へ向かう人たちは誰も足を止めない。

濡れたアスファルトを避けるように、小さな水たまりをよけて歩いていく。

その中に、白い封筒が半分だけ浸かっていた。

「濡れちゃうよ」

ランドセルを背負った少年が、そっと拾い上げる。

封筒は雨を吸い、角がふやけていた。

中には便箋が一枚。

インクはほとんど滲んでいて、読めるところはわずかしか残っていなかった。

そこには、たった二つの言葉だけ。

「ごめんなさい」

少し離れたところに、

「ありがとう」

それ以外は、雨がすべて連れていってしまった。

差出人の名前も。

宛名も。

何を書きたかったのかも。

少年は交番へ届けようと歩き出した。

けれど、途中で足が止まる。

この手紙は、誰に宛てられたのだろう。

「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えたかった相手は、今もどこかで待っているのだろうか。

そんなことを考え始めると、そのまま届けてしまうのが惜しい気がした。

商店街の花屋で尋ねてみた。

「知りませんねぇ。でも、その言葉を言えないまま別れる人は多いですよ」

古い喫茶店の店主は、少し笑って言った。

「人生の終わりに残るのは、その二つなんだろうね」

八百屋のおばあさんは手紙を見つめながら、小さくつぶやいた。

「私は主人に『ありがとう』を言い足りなかったなぁ」

誰も差出人は知らなかった。

けれど、誰もがその手紙に、自分の思い出を重ねていた。

少年は夕暮れの河川敷まで歩いた。

ベンチには、一人の老婦人が座っていた。

事情を話すと、老婦人は滲んだ文字をしばらく眺め、静かに笑った。

「不思議ね」

「何がですか?」

「読めないからこそ、自分のことだと思えるのよ」

少年は手紙を差し出した。

「もしかして、この手紙……。」

老婦人は首を横に振った。

「違うわ」

「でもね」

「人は誰でも、一通くらい、心の中にこんな手紙を持っているものよ」

帰り道、少年はずっと手紙のことを考えていた。

家に着くと、母親が夕飯を作っていた。

「おかえり」

いつもと同じ声だった。

少年は靴を脱ぎながら、小さく言った。

「お母さん」

母親が振り向く。

「いつも、ありがとう」

母親は少し驚いたあと、照れくさそうに笑った。

「どうしたの、急に」

少年は何も答えなかった。

水たまりのことも。

あの手紙のことも。

翌朝には、雨はすっかり上がっていた。

昨日まで道にあった水たまりは、跡形もなく消えている。

誰かが落とした手紙も、もうどこにもない。

水たまりは乾いていた。

けれど、あの二つの言葉だけは、まだ乾かないままだった。

~ 終 ~



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伊藤ようこ| 強み×IT×AIで女性起業家をサポート| 自己受容から始まるしなやかな生き方note あなたの応援が、私の毎日の創作の原動力になっています。最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。いただいたサポートは、書籍の購入など、これからの活動に大切に使わせていただきます。みなさんのおかげで、毎日noteを書くことが楽しみになっています。