【掌編小説】Merry Christmas to me
「やぁ、お嬢さん。この間はどうも」
呼び鈴を鳴らされ玄関のドアを開けると、サンタ服を着た白髪に白髭の中背の老人から、満面の笑みで挨拶をされた。
「この間……?」
私は老人の顔を眺めながら、記憶を呼び起こそうと思考を巡らせる。
サンタに知り合いはいないはずなのだが。
「ほら、4日前に駅で」
考え込む私に思い出させようと、老人はヒントを出してみせる。
その言葉で、霧が晴れたように記憶が蘇った。
「あ~! あの時の?」
すぐにわからなかったのも無理はない。件の時、老人はグレーのスーツ姿だったのだ。
駅前で、急いでいるらしい男にぶつかられて転倒したこの老人を目撃し、時計を気にしながらそのまま行ってしまった男に代わって助け起こし、しばらく一緒にいたのが私だった。
ベンチに座って一息吐き、あちこち動かして怪我はない様子だったので、そこで別れていた。
「私、自宅を教えたりしなかったはずですけど」
30過ぎとは言え一人暮らしの女性だ。まさかあの後、後をつけられたりでもした? と警戒する私に、老人は慌てて顔の前で片手を振って否定する。
「いや、昨日たまたまここに入って行かれる姿を見たもので、これを……」
そう言ってポケットから老人が出してみせたのは、青地に白い花の描かれた私のハンカチだった。そう言えば見当たらないとは思っていた。
「ベンチに忘れて行かれたのでお届けに来ました」
笑顔で差し出す老人から「ご丁寧にどうも」と言ってハンカチを受け取りながら、このまま帰すのは失礼だろうかと思う私は、「お茶でも飲んで行かれますか?」と声をかけていた。
私は、コーヒーを淹れると、冷蔵庫に冷やしていた小さめのホールケーキを切り、4分の1ずつを皿に乗せて出した。
「いやぁ、すみません。どなたかと食べる予定のものだったのでは?」
老人の質問に私は「いいんです」と答える。
「同僚の親族の店ということで頼まれて、義理で一番小さいものを購入しただけですから」
クリスマス商戦も大変だ。
実家からは遠く離れ、恋人もおらず、友人とも特に予定のない私には、クリスマスイブだからと言って特に何か特別なことをするわけでもなく、客に出す茶菓子があって丁度良かったというぐらいのものだ。
職場とこの一人暮らしのアパートを往復する日々。寂しいとかつまらないなどと思ったことはない。
10代の頃までは、愛情のない機能不全の家庭で育ち、学校ではいじめにも遭った。でももうそれは過去のことだ。
今は、私を苦しめた親との関わりは絶えており、仕事ではやりがいを感じているし、時々会ってお茶や食事を共にする友人もいる。アパートでの一人時間は思いっ切り趣味に没頭できる。
30を過ぎて恋人がいないことをとやかく言う人もいるかもしれないが、私は充実していると言える今の生活を充分幸せだと思っている。それでいい。
「美味しいですね」
「えぇ。なかなか良い買物でした」
向かい合って老人とケーキを味わうひとときを過ごしながら、私はふと浮かんだ疑問を口にしてみた。
「ところで、どうしてサンタの格好をしているんですか?」
時期的に、そんな格好で仕事をしているピザの配達員やスーパーのレジ打ちも目にする。
しかし老人は予想の斜め上の返答をした。
「いえ、私はサンタなもので」
「は?」
聞き返した声は、我ながら冷たい声だった。そんな建前は要らないのに、という言外の思いが漏れたようだ。
「実は私、サンタなんです」
「…………」
「本当です」
胡散臭げな目を向ける私に、老人は念を押した。
「じゃあ、こんなところでのんびりしてる場合じゃないんじゃないですか? 忙しい時期でしょう?」
私は仕方なく話を合わせる。
「それはそれとして、助けていただいたお礼がしたくてですね。何か、ほしいものとかありませんか? してほしいこととか」
「ありません。私は充分幸せですし、もう子供でもありませんから」
即答で断る私に、自称サンタは困った顔をする。
「子供の頃ならあったんですか?」
「そりゃあ子供ですから。自由に使えるお金も限られてますし。本当に心休まる居場所もなければ、理不尽さに立ち向かう力もなかった。毎日を誤魔化し誤魔化し何とか生きていた。……私だけかもしれませんけど」
苦しかった過去を回想し吐露する私に、サンタが提案する。
「じゃあ、子供の頃のあなたにお礼をすることにしましょう」
「できるんですか?」
不審さに力を込めて尋ねる私に、サンタは頷いた。
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