noteのコメントとスキについて思うこと
今日は、noteのコメントとスキに関する思いを、少し綴ってみたいと思います。
みなさんは、コメントとスキについて、どう考えられていますか?
最後まで表示されていない記事をあえて選んだ上でのスキや、わずかな時間に膨大な記事数へのスキなど、明らかに最後まで読まれてないなと思われるもの、すっかり過去のものになったお知らせをあえて選んだ上でのスキ、追い立てるような即スキ返しに追加連打、人権侵害を容認するような方のスキなどを除き、基本的には、私の記事を読んでいただいた方へは、記事を読みに伺わせていただいています。
自分の気持ちに嘘は吐けないので、どうしてもスキと思う記事がなければスキはできませんが、そうでなければ感謝の気持ちを込めてスキを返したいと思っています。
特にスキと思った記事には、「よかったです」という気持ちのコメントを残させていただくこともあります。
noteにおけるコメントの中には、批判や中傷的なもの、一方的に長々と自身の記事への誘導や商品宣伝するものなど、嫌な気分になるものもあります。そのために有料アカウントにて初めからコメント欄を閉ざされている方もおられると思います。
とは言え実際は、「よかった記事には感想を送ってみませんか」というガイドに促されたような、「よかったです」という気持ちのコメントがほとんどだと思います。
コメントに対して返事をしなければならない、というルールはないので、嫌な気分になるコメントは完全スルー、というのもありですし、「読みました」という意味でコメントにスキのみする、というのもありだと思います。
コメントのラリーが続く場合は、終盤はフェイドアウトされる方もおられるでしょう。
私だけかもしれませんが、「よかったです」という気持ちのコメントが完全にスルーされた時は、残念な気持ちになります。
それでも、そういう方もいるものだ、と割り切るようにはしています。
ただ、コメントはスルーなのに作品にはスキをされる、ということには、複雑な気持ちです。
その行為を形通りに受け取るなら、「あなたとコメント欄で交流する気はありませんが、作品はスキだと思ってます」ということでしょうか。
「交流したいとは思えない、と思われるほどなのに、作品は認めてもらえるなんて……!」という超ポジティブな考え方もあると思いますが、私はそんなふうには考えられません。
コメントもスキも、形は違っても感情の発露であり交流の表現だと思うので、片方では無視を継続されながら、もう片方では友好的に訪問し閲覧しスキをする、という行為に抵抗を感じるのです。
最近急に瑳月友がスキをしてくれなくなった、と感じられる方は、1度ご自身の記事のコメント欄をご確認いただけたら、と思います。

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