夜店から、オレンジ色の (#シロクマ文芸部)
夜店から、オレンジ色のランプが明るく光を放っていた。
その日はみんなでお祭りに行く予定だった。夏休みの終わり頃に、近くの神社でいつも催されていて、そこに行くのは定番だった。けれど、3つ下の妹が熱を出してしまった。
母さんは眉を寄せながら布団に寝かせ、お粥を作ったり、冷えピタを貼ったりしていた。けれど、夕方になるにつれ、カナの熱は上がっていった。
「これは病院に行ったほうがいいかもしれないね」
お母さんがそうつぶやくと、カナは
「おまつり……行きたい」
とかすれる声でつぶやいた。
「この熱じゃ、ちょっと無理かもねえ」
カナはくしゃりと顔をゆがめ、泣き出しそうになる。お母さんは、よしよしと言いながら、布団をポンポンとたたいてあやした。
「お祭りは秋にもあるけど、カナは今日ゆっくりしないとひどくなって遊べなくなっちゃうよ」
「う〜〜」
彼女は真っ赤な顔をしながら布団へ潜り込む。
「しょうがないねえ。もうしばらく様子を見てみるけど、お医者さんに行く用意もしないと」
母さんはそう言って立ち上がり
「リョウ、ちょっと」
と部屋の外に僕を呼んだ。
「これ持って、お祭りに行ってきなさい」
とお金を渡される。
「えっ?」
「多分カナは行けないけど、あんたは行きたいでしょう。ひとりで行っておいで」
「母さんは?」
「カナを見てないといけないから」
とにこっと微笑む。
「ひとりでも大丈夫でしょう?」
「うん…」
僕は小さくうなずいた。とても楽しみにしていたから、行きたいとは思っていた。けど…
「母さん達のことは気にしないで。
でも、どうしてもって言うなら……リンゴ飴を買ってきてくれる?」
「──わかった」
と僕はうなずいた。
甚平に着替えて外へ出ると、むわっと生ぬるい風が吹いてくる。けれど、夕暮れの空にいわし雲が浮かんでいて、もうすぐ夏も終わりという雰囲気があった。
道をたどっていくと、そこここの家から親子連れが出てくる。みんな楽しそうに向かっていくのを見て、うらやましさを感じた。神社に近づくと、お話が聞こえてくる。中へ入るとざわざわと人々が集まり、めいめいに夜店に並んでいた。
フランクフルト、じゃがバター、バナナチョコ、たこ焼き…… さまざまな店が、暗くなり出した境内の中に立ち並んでいる。僕はしぼんでいた気持ちがふわっと膨らんでいくのを感じた。
一番奥の方には、マジックやダンスをいつも披露するステージがあり、今は誰かが気持ちよさそうに歌を歌っている。
入口でうちわをもらうと、仰ぎながらお店を物色した。
「わあ、あれは何だろう」
のぼりに『トルネードポテト』と赤い字で書かれている。品物が店先にたくさん立ててあった。
じゃがいもなのはわかるけど、螺旋状にぐるぐるとねじれたものが棒にくっついている。物珍しさに近づくと
「いらっしゃい!」
と、お兄さんに声をかけられた。
どうしよう……食べてみようかな。
僕は思いきって
「1つください」と言う。
「はい、毎度ありい」
お兄さんは大きいのを選んで渡してくれる。僕は笑顔で受け取った。
また来てなー、そう言って彼は手を挙げた。
僕はそっとかじってみる。カリッとサクッという感触とともに、ほろっと崩れたじゃがいもが口の中へ広がる。
「おいしい!」
でも熱くて火傷しそうだ。フウフウと拭きながらかじる。汗がどっと吹き出した。ラムネも買って、休憩所のイスに座った。
おいしいけど、1人でいると寂しさがにじり寄ってくる。カナが今ここにいたら、などと考えてしまって気持ちが沈んだ。
母さん達と一緒に食べたかった。でも、周りは楽しそうにしているのでブルブルと頭をふって気持ちを切り替える。
その時、隣のテーブルで騒いでいる子たちの声に思わず振り返った。
「あれ、リョウじゃん」
「!」
それは同じクラスのシュウとノリと、もう1人知らない男子だった。
「やあ」
とあいさつする。
「誰かと一緒じゃねえの」
「いや、1人」
「ふーん。なんで」
「家族と来ようと思ってたけど、妹が熱出しちゃって……」
「家族ぅ⁉︎」
と繰り返すと、バカ笑いを始めた。
「ダセーな、家族なんて。友達とかと来いよ。もうガキじゃねえんだから」
思いっきり子どもじゃないか。僕も君らも。
そう思ったけど、僕は黙っていた。
「じゃあ、また学校で」
食べ終わるとすぐに席を立つ。ノリが何か言っていたけど、聞こえないふりをした。
──そうだ、リンゴ飴。僕は思い出して店を探し、1つ買う。
カナは喜んでくれるかな。そんなことを思いながら歩いていると、外れのほうにポツンと1つだけ離れたお店があった。
普通はのぼりや店先にベビーカステラとか焼きそばなどと書いてあるのに、そこは何も書かれていない。
オレンジ色のランプがいくつか並べて吊るされていて、大きなビニール袋を膨らませたようなものがたくさん置いてあった。
何のお店だろうと近づくと、栗色の緩やかなウェーブのかかった長い髪のお姉さんが
「いらっしゃい」
と声をかけた。
「ここは何のお店ですか?」
おそるおそる聞いてみる。
「ここは夢を売っているのよ」
「夢?」
「そう」
僕は袋を見回した。雲のように白く、金色の粉みたいなものがピカピカと点滅しているもの、ピンク色でもくもくしているもの。水色でマーブル模様のもの、虹のグラデーションでオーロラのようにひらひらしているもの…一つ一つ違う色をしている。
「今夜見られるようなものから、未来のものまでいろいろあるの。
これは羊飼いの夢、これは絵描きになれる夢、これは猫が飼える夢……」
と教えてくれる。猫の夢は、暖かな日差しの色だった。
「いろんな色をしてるね」
「夢は無限にあるからね」
そう言って微笑う。
僕はそのうちの1つに目を留めた。深い青で黄金色が所々光っている。ラピスラズリのようだった。
「これは?」
「それは宇宙飛行士の夢よ」
目が高いわね、と言われる。
「宇宙を飛行士……」
これを手に入れれば、なれるんだろうか。
そう聞くと、彼女は静かに首を振った。
「なれる人もいるけど、そうでない人もいるわ。これは種のようなもの」
僕は首をかしげる。
「何かになりたい、という気持ちがないと、なろうとさえしないでしょう。
だから、種を蒔いて、それを育て、成長したらなれるわ。
うまく育つかどうかは分からないけど、種を蒔かなければなれないでしょう」
なるほど、と僕は思った。
「欲しいの?」
「うん」
「これは千円」
千円…僕は手を開く。500円と、100円玉が2つある。あと300円足りない。どうしよう……
「足りないの?」
「うん」
力なくうなずいた。
「そっか…」
「でも、欲しい」
彼女は考え込む。
「じゃあ、こうしましょう」
人差し指を立ててお姉さんは言う。
「必ずこの夢を実らせて。そして宇宙飛行士になってテレビに映った時に、ウィンクをして見せて。
そしたら、私はあなたが夢を叶えたってわかるわ」
──そんなことができるだろうか。
でも、これはどうしても手放しちゃいけないものだ、そんな気がした。
「──わかった」
「じゃあ、約束ね」
彼女は小指を出す。そろそろと手を伸ばすと、さっと取って歌い出した。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボン飲まーす!」
彼女はふふっと笑うと、紺青色の袋を差し出す。
「がんばってね」
「うん」
僕はそれを大事に抱えて家へと帰った。
***
ドアに手をかけると、鍵がかかっていた。いつものところから鍵を出して開ける。中は真っ暗だ。
「ただいまー」
声をかけても誰もいない。どうやらカナとお母さんは病院へ行ったようだ。
自分の部屋に戻ると、袋を見つめた。袋の口の近くに使い方が書いてある。その通りに口を開け、中のものをスーッと吸い込んだ。
ミントのように爽やかな香りがして、目をつぶると濃紺の視界が広がり、きらめく星が見えた。体がふわりと宙に浮かび、周りに無数の星が浮かんでいる。
僕は宇宙空間に漂い、どこまでも進んでいった──
僕はゆっくりと目を開ける。
暗い部屋の中で、空っぽのビニール袋を抱え、僕はぼんやりたたずんでいた。
──もしかして、騙されたんだろうか。
そんな考えがちらりとよぎる。
僕はふう、と息をつくと、空の袋を丁寧にたたんで机の引き出しにしまった。
ふと窓の外を見ると、まぶしい位の星々がチカチカときらめいている。どこかで星がひとつ、流れたような気がした。
了
#シロクマ文芸部さんの企画に参加させていただきました。いつもありがとうございます✨
今回いつもより長くなりました。といっても3千字くらいですが。それがいいのか悪いのかよく分からないけど。コツコツ続けていこうと思います。
