<七つの罪と施し>⑬
昔、友人の家に遊びに行った時のこと。友人はとても花が好きな人で、彼女の部屋にはいつも何かしらの花が飾られていた。
「これ、駅前のスーパーで半額になってた薔薇。あと、道ばたに落ちてたナズナも一緒に」
と言いながら、彼女は涼しい顔で花瓶を指差す。落ちてたってなんだ、ナズナの気持ちにもなってくれ。だが、彼女が飾ると、なぜかどんな花でも不思議としっくりくる。古びた木の机の上に、なんの変哲もないコップに挿された草花が、まるで物語の主人公のように佇んでいるのだ。
「お金がなくてもね、部屋ってあったかくできるんだよ。そういうの、なんか良くない?」

『無財の七施』
七.房舎施(ぼうしゃせ)
心地よいもてなし
家の周辺をきれいにする
私は、「植物を飾る女」になりたかった。
でも、私の家に招き入れられた植物たちは、ことごとく枯れはてていった。
私の家には、きっと鬼門があるんだ。だから、花や植物が枯れていくんだ、と思い込んでいた。
まあ、単なる手入れが行き届いていなかっただけのことだと思うけど。
それでも、部屋の中の目に入る場所にグリーンや可愛いお花がいると、それだけで心が穏やかになるから不思議だ。だから、人は植物を育てるんだろうな。
自分の家や部屋に人を迎え入れて、居心地よく過ごしてもらうことを目指し、「植物を飾る女」になると決めていたのに、現実には、ちょうどよい花瓶がなくて買ってきたチューリップが頭の重さに耐えられず、斜めに傾いて「やめて! ここから出して!」と訴えているような有り様だった。
毎日の勤務と家事・介護に加え、植物たちのケアまで行き届かなかった。植物を育てることは、毎日の生活の中で順位が下の方へいっていたことに気づいたのだ。何事もそうだけれど、心に余裕がなければ『何かを育てる』ということは、本当に難しいことなのだ。

友人の家はまさにそれだった。壁紙はちょっと剥がれていたし、エアコンは壊れて扇風機が「怪獣か!」ってくらい音を立てていたけれど、部屋にいるあいだ、私は妙にくつろいでいた。花の香りと、友人の笑い声と、テーブルに出されたインスタントコーヒーが、なんとも言えず心にしみたのだ。
ああ、この人は本当に心にゆとりがあるんだなと、感じた。
たぶん、房舎施って、豪邸に友人を招くことじゃなくて、「あなたの居場所は、ここにもあるよ」と示す、ささやかな空間の分かち合いなのかもしれない。
お金がなくてもできるおもてなし。それはちょっとした工夫と、ちょっとした気遣い、そして、ちょっとした植物で成り立っているのだ。

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無職で色無し状態だニャ~ン😭
