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あの時、終わってほしいと思ってしまった

ひろえさんの記事を読んで、母の看取りを思い出しました。

母の死が私の人生を変えてくれた一つのキッカケです。

母は、以前の記事でも書き記しましたが病気の巣窟でした。

最後の病気が見つかった時、もうダメかもしれないーーと言う父からの電話に涙しました。

それでも母は、前向きに笑顔を絶やさず生活していました。

その後、生活もできなくなった母は入院となり、私は毎日仕事終わり病院へ足を運んでた。

マッサージをすると喜ぶので、一式持っていきベッドでしてやり、病気に良いと言われる物を持って行けば、少しでも口にしてくれていた。

寂しがるので、父と入れ替わりに行くけど、同居している家事もあるし、子供の世話や仕事。
病院の往復一時間を入れると、病室には一時間くらいしか居られない。

休日もなく、そんな日々が数ヶ月続いたある日。
身体も心も疲弊していた私に母が言いました。
「あんたに夏休みあげんとね。海が大好きなんだから行っておいで。」

亡くなる一週間前。
一日休みをもらい、日帰りで家族と海へ行ってきました。
結局、母が気になっていつものように楽しめないのに。

私が居ないとお風呂にも入れない母は、それでも私を想って送り出してくれました。

母の看取りは短い期間だったのに、
しんどくても私を想ってくれていたのに。
毎日を大切に、できることを一生懸命生きていたのに。
それなのに、病院へ向かう車の中一瞬よぎるのです。
『この日々はいつ終わるのか。』

息を引き取ったその瞬間から、その全ての時間が愛おしく感じること。
後悔が始まること、想像できていたはずなのに。

一緒に眺めた病室から見える青空。夕陽。
走る新幹線。
母との会話。
ふざけて笑った笑顔。
折れない折り紙を折ったこと。
ふとした母の寂しげな横顔。
流した曲。
意識のある最後の日、伝えた感謝の言葉。
その返事。

全ては何度も後悔した私の記憶に刻まれました。

人は弱く、分かっていてもその時のしんどさから逃れようとする。

でも、それでいいのだと思う。

当時、何度も後悔して得たものがある。

繰り返し思い出したからこそ、10年以上経過した今でも母と鮮明に出会える。

いつも味方でいてくれたヒーローは、今も私のそばにいる。










ヘッダー画像には、空気を読まないチャッピーの自作ポエムがしれっと入っています🫠

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サポ なんと‼️ そんな神みたいな方がいらっしゃるとは😭 いいのですか?😭💦 嬉し過ぎます❣️❣️❣️