遊びまくっていた私が、仕事がすべてになった時


14歳になる前に私は、父を亡くした。
早すぎる別れだった。

母は専業主婦

幸い、母には祖父がいたから
夫を亡くしても助けてもらえる環境があった。

ふと思った。

私が結婚していつか子どもが産まれて
もし旦那さんが何かの理由でいなくなったら?
もし死別したら?

そのとき、私には誰がいるんだろう。
私には、父がいない。

だったら私は、
自分で自分を守れるようにならないといけない。
 

好きなことだけして生きていた頃に
手に職をつけようと思って
選んだのは、ヘアメイクと美容師。

メイクの専門と美容師専門に
四年通い美容師免許取得。


大阪では有名なホテルや百貨店にもテナントを構えている、歴史のある美容室の会社に入社。

美容師としてだけじゃなく、
ブライダルのヘアメイクもする正社員。
華やかに聞こえるけれど、最初の3年間は
とにかくきつかった。

何度も「今すぐやめたい」と思いつづけながらも
技術を教えてくれた先輩達への感謝の気持ちが
特に身近でお世話になった先輩たちが
退社し、次のステージへ行った後に
自分にも最適なタイミングが訪れ退社。

4年目くらいから、
連休が取れたら、海外に行く。
年に2回は海外旅行に行く。
そのために頑張る。
仕事を頑張って、
休みになったら思いっきり遊ぶ。
それが私の楽しみだった。
ニューヨークやオランダまで行って、
現地のサロンを見学したこともある。

海外で美容師として働くことも、いつの間にか夢になっていた。

この頃に出会った恋人が将来を共にするヒト。
10年経った今も大好きで
居させてくれて常に楽しくて最高の夫。

この人と出会うまでにも
約、3年間付き合った男性が三人いた。
素敵な男性と出会って見極めるための話も後々。

フリーランスになってからは
コレクションのショーの
裏方のヘアメイクや出張美容

ヘア動画のビフォーアフターで
インスタグラムはフォロワーも増え
憧れていたサロンオーナーからも
目をつけてもらえた。

東京にも三店舗あり
ニューヨークやオランダにオーストラリアと
経営するサロンオーナーが
大阪に来たときには、dmが入り
直接会うことになり
「うちで働かないか」と声を
かけてもらった。

あの頃の私は、きっと周りから見たら
自信に満ち溢れていたと思う。

父を亡くしたことで、
「自分の人生を、自分で支えられるようになりたい」
と思ったこと。
それがきっかけで始めた美容師という仕事が、
いつの間にか、
私の「夢」になっていた。
このときの私はまだ知らなかった。

この先、人生で一番大きな選択を
することになるなんて。

しかもその選択は、
ずっと夢見ていた「海外で美容師として働く未来」を、一度手放すことになる選択だった。

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