25.水炊き×中古マンション選び
その日、私たちは人生初の水炊きを堪能していた。
「水炊き」と聞いて、勝手にタッカンマリのようなものを想像していた私たち。しかし、いざ食べてみると、思っていたものとは全く違う。
妻「……これ、どうやって食べるのが正解?」
夫「最初はスープだけ飲むらしいよ」
妻「じゃあ、鶏はまだ食べない方がいいの?」
などと言いながら、説明書を熟読して、一番美味しく食べる方法を探っていた。
そんな私たちの最近の休日は、ほとんど中古マンションの内見に費やされている。
もともと、マンションを購入する予定があったわけではない。
「いい物件があったら、買ってもいいかもね」
そのくらいの気持ちだった。
ところが、一度見始めると楽しくなってしまった。
駅からの距離、築年数、間取り、広さ、日当たり、管理状態。
ネットで物件情報を見て、「ここ、よくない?」と言っては内見を申し込み、実際に見に行っていた。
「思ってたより狭いね」
「駅はいいけど、周辺がちょっとなぁ」
「この間取り、家具置いたらどうなるんだろう」
なんて話しているうちに、気がつけば毎週のようにマンションを見ていた。
そして、何件か見てみて、ようやく私たちの中でも「ここは譲れない」という条件が固まってきた。
妻「何件か内見して、条件やっと絞れてきたよね」
夫「そうね!やっとね」
最初は、
「駅近がいい!」
「広い方がいい!」
「新しい方がいい!」
「できれば安い方がいい!」
と、好き勝手なことを言っていた。
でも、実際に何件も見てみると、全部を叶えるのは難しいことが分かってくる。
駅は徒歩何分までなら許容できるのか。
2LDKがいいのか、3LDKが必要なのか。
広さは何㎡あれば十分なのか。
築年数はどこまでなら気にならないのか。
予算はいくらまで出せるのか。
そして、絶対に妥協したくない条件は何なのか。
実際に物件を見ることで、ネットの情報だけでは分からなかった「自分たちの本当の希望」が少しずつ見えてきた。
妻「やっぱり駅は10分以内がいいよね」
夫「うん。そこは譲れないかな」
妻「広さも、これくらいは欲しい」
夫「予算とのバランスだね」
妻「あと、駅周辺の環境は重要よね」
夫「それは絶対そう!」
なんて、私たちは水炊きを食べながら、かなり真面目にマンションについて話していた。
大きな買い物だからこそ、ちゃんと考えて慎重に決めていかなければいけない。
そんな感じでマンションの話をしていると、突然、妻が頭を抱えた。
夫「……どうしたの?」
夫は心配そうに妻を見る。
妻「……いや……」
夫「え、どうした?」
妻は、何だかとてつもなく辛そうな顔をしている。
体調が悪くなったのか?
お酒が合わなかったのか?
それとも、何か嫌なことを思い出したのか?
最近、突然体調を崩すこともあったので、夫はかなり心配になった。
熱があるのかもしれない。
そう思い、体温を確かめるために妻の手を握る。
すると、思っていたよりも妻の手が熱い。
やっぱり熱があるのかもしれない。
夫の心配は、さらに大きくなった。
夫「大丈夫?体調悪い?帰る?熱あるの?」
妻「……?? いや、体調は全然大丈夫なんだけど……」
とモゴモゴし始める妻。
夫は、さらに心配になる。
何か言い出しにくい悩みがあるのかもしれない。
マンションの話をしていたから、もしかすると妻には内緒の借金があるとか……。
夫の中で、嫌な妄想がどんどん膨らんでいく。
夫「どうしたの。なに? 言ってごらん?」
妻「いや……苦渋の決断……じゃない?」
夫「……なに? マンションのこと?」
夫の顔も、どんどん深刻になっていく。
妻「いや……水炊きの……」
夫「う、うん……?!」
妻「水炊きの〆、麺にするか米にするかで悩んでる……。苦渋の決断すぎない?」
夫「…………」
今、この瞬間の妻にとっては、
マンションの駅徒歩分数より
間取りより
広さより
予算より
水炊きの〆を麺にするか、米にするか。
それが一番の問題だったらしい。
妻「人生初の水炊きだよ? 最後まで妥協できないじゃん。もちろん中古マンション選びも大事だけど、今日の〆選びも同じくらい慎重に決めなきゃだと思うの!」
そう力説したあと、「一旦、冷静に考えるわ!」と言って、妻はトイレへ向かった。
その瞬間。
夫はひっそりと店員さんを呼び、米を注文した。
そして数分後。
トイレから戻ってきた妻が、その事実を知った。
妻「…………え?」
夫「…………」
妻「……米、頼んだの?」
夫「うん」
妻「なんで?」
夫「いや、俺は米だと思ってたから」
妻「いやいやいや!!」
このあと妻がぶち切れたのは、言うまでもない。
さっきまで、「どの駅がいいか」「何㎡必要か」
「予算はいくらにするか」と、人生を左右するような話をしていたはずなのに、最終的に私たち夫婦が本気で揉めたのは、水炊きの〆を米にするか、麺にするかだった。
私たちの中古マンション選び…まだまだ先は長そうだ。
