残業しているのは、えらいことじゃない
「残業をしているのは、えらいことじゃない。仕事が終わらないだけだよ」
18歳だった私にそう言ったのは、高校を卒業して初めて就職した会社の上司でした。
あれから、ずいぶん長い時間が経ちました。
働く会社も、仕事内容も、私自身の立場も変わりました。
それでも、仕事をしていると、ときどき思い出す言葉があります。
不思議ですね。
そのときは何気なく聞いていた言葉が、何十年も経ってから、
「あの言葉は、こういう意味だったんだ」
と心に届くことがあります。
今日は、そんな私の「仕事での気づき」について書いてみたいと思います。
まだ「働き方改革」という言葉もなかった頃
私が高校を卒業して就職したのは、2000年を迎える少し前のことです。
今振り返ると、働く環境は現在とはずいぶん違っていました。
職場では、自分の席でたばこを吸いながら仕事をしている人も珍しくありませんでした。
女性社員は朝少し早く出社して、会議室やトイレを掃除する。
それが終わると、フロアにいる人たちへお茶を出す。
そして帰る前には、男性社員が使った個人の灰皿をきれいにする。
お茶を出したり、コピーを取ったりしているうちに、一日が終わってしまうことさえありました。
男女雇用機会均等法はすでにありましたが、職場にはまだまだ昔ながらの風習が残っていた時代です。
でも、高校を卒業したばかりの私には、それが普通なのか、そうではないのかさえ分かりませんでした。
「働く」ということ自体が、初めてだったからです。
だから、とにかく目の前にあることを一生懸命やりました。
まずは、たくさんいる社員の顔と名前を覚えるところから。
そして、一人ひとりの湯飲み茶わんと灰皿を覚える。
誰がどの湯飲みを使っているのか。
誰の灰皿がどれなのか。
間違えずに、決められた時間までに元の場所へ戻す。
今考えると、
「そんなことまでしていたんだな」
と、ちょっと懐かしくなります。
でも、悪いことばかりではありませんでした。
たくさんの人のところへお茶を運ぶからこそ、自然と会話が生まれました。
「仕事には慣れた?」
「今日は忙しい?」
そんな何気ないやり取りを重ねるうちに、少しずつ会社の人たちの顔や仕事が見えるようになりました。
あの時間があったから、話せるようになった人もたくさんいます。
私にとっては、それも社会人としての最初の勉強だったのだと思います。
「私も残業したほうがいいですか?」
働き始めてしばらくした頃、私はあることに気づきました。
女性社員は、ほとんどの人が定時になると帰っていきます。
でも、男性社員が定時で帰るところを、ほとんど見たことがありませんでした。
夕方になっても、みんな当たり前のように仕事を続けています。
18歳の私は、だんだん心配になりました。
「私は、このまま帰っていいのかな」
「みんなが仕事をしているのに、自分だけ帰るのはよくないのではないか」
そこである日、部署の上司に聞きました。
「みなさん遅くまで残業しているのに、私は定時で帰っていいんですか?」
「何かお手伝いしたほうがいいんですか?」
すると上司は、こう言いました。
「定時で帰れるように、決められた勤務時間の中で一生懸命やれば、それでいいんだよ」
そして、続けました。
「残業をしているのは、えらいことじゃない。仕事が終わらないだけだ」
18歳の私には、少し驚く言葉でした。
長く会社にいる人ほど頑張っている。
残業する人ほど仕事熱心。
なんとなく、そんなふうに思っていたからです。
さらに上司は、こんなことも教えてくれました。
「もし残業が続いて病気になっても、会社が全部助けてくれるわけじゃない。自分のことは、自分でも守らないといけないよ」
ずいぶん昔のことなのに、そのときの言葉を今でも覚えています。
胸を張って定時で帰るために
その日から、私の仕事に対する考え方が少し変わりました。
「定時で帰ること」を申し訳なく思うのではなく、
胸を張って定時で帰れる仕事をしよう。
そう思うようになったのです。
そのためには、勤務時間を無駄にしない。
できることは先延ばしにしない。
分からないことは早めに聞く。
今日できることは、できるだけ今日のうちに終わらせる。
私の中に、ひとつの言葉ができました。
「時間内は一生懸命。時間は無駄にしない」
それは、いつの間にか私の働き方の基本になっていきました。
もちろん、仕事をしていれば残業が必要な日もあります。
予定どおりに進まない日もあります。
誰かのために、もう少しだけ頑張りたい日だってあります。
だから、私は残業そのものが悪いとは思っていません。
ただ、
長く働いていることと、一生懸命働いていることは同じではない。
それを18歳のときに教えてもらえたことは、その後の私の働き方にとても大きな影響を与えてくれました。
仕事は、結局「人 対 人」
その後、私はいくつかの職場を経験しました。
そして、別の会社でお世話になった社長から、もう一つ忘れられない言葉をいただきました。
「どんな職業も、どんな仕事も、人 対 人なんだよ」
そして、
「すべての縁を大切にしなくては、うまくいくこともうまくいかない」
と教えてくださいました。
この言葉も、今の私が仕事をするうえで大切にしているものです。
仕事をしていると、つい「業務」だけを見てしまうことがあります。
注文を受ける。
メールを送る。
資料を作る。
数字を確認する。
一つひとつを見れば、ただの「作業」に思えるかもしれません。
でも、その向こう側には必ず人がいます。
メールを受け取る人がいる。
商品を待っている人がいる。
困って相談してくる人がいる。
そして、一緒に働いてくれる人がいる。
仕事は、一人ではできません。
たとえ直接顔を合わせなくても、どこかで誰かにつながっています。
だからこそ、ほんの少しの気遣いや、
「ありがとう」
のひと言を忘れないようにしたい。
どれほど便利なシステムが増えても、仕事の最後に残るのは、人と人とのつながりなのかもしれません。
18歳の私がもらった言葉を、今も持っている
振り返ってみると、私の働き方をつくってくれたのは、立派なビジネス書ではありませんでした。
仕事を始めたばかりの私に、周りの大人たちが何気なくかけてくれた言葉でした。
限られた時間の中で、一生懸命仕事をすること。
自分の体や暮らしまで犠牲にして働くことを、頑張ることだと思わないこと。
そして、仕事の向こう側にいる人との縁を大切にすること。
時代は変わりました。
灰皿を洗っていた18歳の私は、もういません。
働き方も、仕事で使う道具も、社会の価値観もずいぶん変わりました。
それでも、人からもらった言葉は不思議なくらい色あせません。
むしろ、自分が歳を重ねるほど、
「あのとき言っていたのは、こういうことだったんだ」
と分かることがあります。
そして今では、私も誰かに仕事を教える側になることがあります。
そんなとき、ときどき思うのです。
私が18歳のとき、上司からもらった言葉のように、
私が何気なく伝えたひと言も、いつか誰かの働き方を支える言葉になることがあるのかもしれない、と。
仕事とは、目の前の業務を終わらせることだけではなく、
人から人へ、経験や知恵を渡していくことでもあるのかもしれません。
18歳の私がもらった言葉を、今度は私が誰かへ。
そして、その人がまたいつか、誰かへ。
仕事の中でもらった小さな気づきが、そんなふうにつながっていったら素敵ですね。
今日も私は、
「時間内は一生懸命。時間は無駄にしない」
あの日にもらった言葉を心の片隅に置きながら、目の前の仕事と、そこにいる人を大切にしていきたいと思います。
いいなと思ったら応援しよう!
ここで過ごした時間が、少しでも心ほどけるひとときになっていたなら嬉しいです。もし応援したいと思っていただけたら、そのやさしさを大切に受け取らせていただきます。