体と歩く|遠回りの景色
体と歩く。
体は、いつも私たちより少し早く、今の自分を知っています。
このシリーズでは、そんな体の声に耳を澄ませながら、自分らしい歩幅を見つける時間を綴っています。
最近、自分でも不思議に思うことがあります。
以前より、急がなくなったのです。
若い頃の私は、いつも何かを急いでいました。
早く仕事を覚えたい。
早く結果を出したい。
早く一人前になりたい。
周りに追いつきたくて、置いていかれたくなくて、いつも前だけを見て歩いていたような気がします。
もちろん、その頃の私も一生懸命でした。
頑張ることで見える景色もありましたし、その積み重ねが今の私をつくってくれたのだと思います。
でも最近は、少し違う景色が見えるようになりました。
先日、仕事帰りにスーパーへ寄ったときのことです。
レジには何人かのお客さんが並んでいました。
以前なら、
「早く順番が来ないかな」
と思っていたかもしれません。
でもその日は違いました。
ふと目に入ったのは、季節の果物たちです。
少し前には並んでいなかった顔ぶれ。
夏が近づいていることを教えてくれるような色合いでした。
気づけば、その景色を眺めていました。
待つ時間が苦にならなかったのです。
年齢を重ねたからでしょうか。
それとも少しだけ心に余裕ができたのでしょうか。
理由はよくわかりません。
ただ、以前より急がなくなったことだけは確かです。
帰宅すると、私は庭へ出ました。
夕方のやわらかな光の中で、花たちが静かに揺れています。
朝には気づかなかった蕾が少し開いていました。
たったそれだけの変化なのに、なんだかうれしくなります。
私は庭で育てているレモンバームを少し摘みました。
爽やかな香りが好きで、ときどきお茶にして楽しんでいます。
緑茶も大好きですが、庭のハーブで淹れるお茶にはまた違ったやさしさがあります。
お湯を注ぐと、ふわりとレモンのような香りが立ちのぼりました。
お気に入りのカップを両手で包みながら庭を眺めます。
何か特別なことをしているわけではありません。
ただ静かな時間を過ごしているだけです。
でも、そんな時間が以前よりずっと愛おしく感じられるようになりました。
若い頃の私は、遠回りが苦手でした。
できるだけ早く。
できるだけ効率よく。
そんなふうに考えることが多かったように思います。
けれど人生は、不思議なものですね。
振り返ってみると、
遠回りだったと思っていた道で出会えた人がいました。
思うように進めなかった時間の中で学んだことがありました。
あの頃は無駄だと思っていた出来事が、
今の私を支えてくれていることもあります。
もし最短距離ばかりを選んでいたら、
見えなかった景色があったかもしれません。
最近、心に浮かぶ言葉があります。
急がなくなったのではなく、急がなくても大丈夫だと知った。
若い頃は、立ち止まることに少し不安がありました。
休んでいる間に誰かに追い越されるような気がして。
でも今は思うのです。
人生は競争ではないのだと。
誰かと比べながら走るものでもないのだと。
庭の花たちを見ていると、そんなことを教えられます。
花は急いで咲こうとはしません。
自分の季節が来たら咲き、
その時を静かに生きています。
人もきっと同じなのかもしれません。
それぞれの季節があって、
それぞれの歩幅がある。
だから焦らなくていい。
遠回りに見える道にも、
ちゃんと意味がある。
そこにしかない景色がある。
歩く速さは少しゆっくりになったかもしれません。
でも、その分だけ見えるものは増えました。
季節の移ろい。
風の匂い。
花の変化。
誰かの優しさ。
そして、自分自身の小さな変化。
そんなものに気づけるようになった今の私も、悪くないなと思うのです。
今日も庭の花たちは、慌てることなく咲いています。
レモンバームの香りを感じながら、
私もそんなふうに歩いていきたいと思います。
急がずに。
焦らずに。
今の私の歩幅で。
遠回りの景色を楽しみながら。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
また「体と歩く」の時間に、お会いできたら嬉しいです。
Yufu
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