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「だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ」

※この記事は、日本経済新聞とnoteによる「#スランプの乗り越え方」投稿企画への応募記事です。


社会人一年生のはじまり

高校を卒業して就職したのは1998年。

世の中は就職氷河期と呼ばれ、将来への不安があちこちに漂っていた時代でした。ノストラダムスの大予言が話題になり、「1999年に世界が終わるらしい」と真顔で話す人もいました。

そんな時代に、私は商業高校を卒業しました。

簿記や情報処理を学び、たくさんの資格を取得しました。

野球部並みに厳しいと言われたワープロ部にも所属し、朝練に始まり放課後まで、毎日のようにタイピング練習をしていました。

だから少しだけ自信がありました。

社会人になっても、きっと頑張れる。

学校で学んだことを活かせるはずだ。

そんな期待を胸に入社したのです。

私が配属されたのは、自動車の金型を扱う会社の日程管理を行う部署でした。

国内外のさまざまな自動車メーカー向けの金型を製作している会社で、私はプロジェクトマネージャーの補佐として働くことになりました。

部署にいるのは全員男性。

しかも父より年上の方ばかりでした。

仕事を教えてくれる営業部の先輩は数か月後に寿退社が決まっていて、急いで仕事を覚えなければなりません。

右も左も分からないまま社会人生活が始まりました。

そして入社してすぐ、私は大きな壁にぶつかります。


はじめましてのExcel

学校で勉強してきたことが、そのまま仕事に使えるわけではなかったのです。

当時、学校で習っていた表計算ソフトは「ロータス123」。

文書作成ソフトは「一太郎」でした。

ところが会社で使われていたのは「Excel」と「Word」。

今では当たり前のソフトですが、当時の私にとっては未知の世界でした。

会社が準備してくれた自分専用のパソコン。

電源を入れて画面を見た瞬間のことを今でも覚えています。

「なにこれ……」

思わずそうつぶやきました。

見たことのない画面。

どこを押せば何ができるのかも分かりません。

そんな私に課長が声をかけました。

「学校で勉強してきたんだろう?これお願いね」

渡されたのは手書きの日程表でした。

「これからはデータ化して海外にも送らないといけないから」

そう言われた私は、心の中で固まりました。

でも、やるしかありません。

初めて触るExcelを前に、ひたすら試行錯誤しました。

メニューも違う。

操作方法も違う。

数式の入れ方も分からない。

それでもなんとか一日かけて形にしました。

ところが課長は完成した表を見てこう言いました。

「きれいにできてるね。じゃあ、ここに日程を入れていこうか」

その時、ようやく気づいたのです。

私が必死に作ったのは、ただのフォーマットだったことに。

本番はそこからでした。

画像の挿入方法も分からない。

得意先ごとに違うフォーマットを作る必要がある。

客先の都合で日程が変われば修正もしなければならない。

毎日が手探りでした。

今ならインターネットで検索できます。

動画で学ぶこともできます。

AIに質問することもできます。

けれど当時はそうではありませんでした。

帰り道に本屋へ寄り、Excelの入門書を買いました。

家に帰るとその本を開き、眠くなるまで勉強しました。

翌日は本を机の横に置きながら仕事をする。

そんな毎日でした。

「学校では習っていませんでした」

そう言えば楽だったかもしれません。

でも私は言いたくありませんでした。

厳しい時代にようやく手に入れた仕事です。

何とか結果を出したい。

その一心でした。


「どうしよう」が止まらなかった日々

けれど、心の中は不安でいっぱいでした。

「どうしよう」

「どうしよう」

「どうしよう」

気づけば一日に何十回も同じ言葉を繰り返していました。

家に帰ると社服のまま倒れ込むように眠る日もありました。

悔しくて涙が止まらない夜もありました。

仕事が終わっても頭の中では翌日の仕事のことばかり考えていました。

本当に自分に務まるのだろうか。

周りに迷惑をかけていないだろうか。

もっと早く仕事を覚えなければ。

そんな思いに追いかけられていたように思います。


「だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ」

そんな日々が半年ほど続いた頃です。

私はふと気づきました。

一番たくさん私に話しかけている人は誰だろう、と。

それは上司でも同僚でもありません。

自分自身でした。

そして私は、自分自身に向かってずっと「どうしよう」と言い続けていたのです。

その言葉を聞き続けたら、不安になるのは当然でした。

だから私は決めました。

自分にかける言葉を変えてみよう、と。

それからの口癖は、

「だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ」

になりました。

仕事で困った時も。

失敗した時も。

分からないことが出てきた時も。

「だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ」

そう言いながら仕事をするようになりました。

すると不思議なことが起きました。

問題が急に解決したわけではありません。

仕事量が減ったわけでもありません。

でも少しだけ肩の力が抜けたのです。

そして、それまで見えていなかったものが見えるようになりました。


私を支えてくれた人たち

毎朝、門の前で

「おはよう。頑張ってるね」

と声をかけてくれる守衛のおじさん。

給湯室で顔を合わせるたびに、そっとお菓子を渡してくれる先輩。

「新作が出たぞ」

と言いながら缶ジュースを買ってきてくれる課長。

昼休みになると仕事の話を一切せず、笑わせてくれる同期たち。

私は一人で戦っていると思っていました。

誰も助けてくれないと思っていました。

でも本当は違ったのです。

たくさんの人が、さりげなく私を支えてくれていました。

大きな励ましではありません。

特別な言葉でもありません。

ほんの少しの優しさです。

でも、人はそんな小さな優しさによって救われることがあるのだと思います。


人の優しさは、思っているよりあたたかい

スランプを乗り越える方法は人それぞれです。

努力することも必要です。

勉強することも大切です。

けれど、それだけでは立ち上がれない時もあります。

そんな時、人を支えてくれるのは人なのかもしれません。

誰かが何気なくかけてくれた一言。

そっと差し出してくれたお菓子。

笑わせてくれた時間。

その優しさが、折れそうな心を支えてくれることがあります。

私はあの頃、「だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ」という言葉に救われました。

そして同じくらい、人の優しさに救われました。

だから今、自分が誰かと出会う時も思うのです。

もしかしたら私の何気ない一言が、その人を支えることがあるかもしれない。

そう考えると、人との出会いは本当に宝物だと思います。

もし今、スランプの中にいる人がいたら伝えたいのです。

頑張れなくても大丈夫です。

立ち止まっても大丈夫です。

あなたが気づいていないだけで、きっと誰かが見守っています。

そして今日もどこかで、あなたのことを応援している人がいます。

あの頃の私を支えてくれた人たちへの感謝は、今も変わりません。

だから今日も、自分自身に、そして誰かに伝えたいのです。

「だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ」

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