ボツ原稿3作

【テレビ出演】
歌手の和田アキ子さんが司会の情報バラエティー番組「アッコにおまかせ!」が来年3月に終了するという。実は「アッコにおまかせ!」には、出来立てほやほやの思い出がある。

今年5月、小雨そぼ降る明治神宮で、横綱大の里の奉納土俵入りが行われた。よもや中止かと報道される中、友人と「当たって砕けろ」で駆け付け、奉納殿前を歩く横綱を間近で見ることができた。嬉しさのあまり2人で盛り上がっていたところ「ちょっとお話いいですか」と取材の声が掛かり、勢いのままに喋りまくった。

それが「アッコにおまかせ!」の取材班だった。その時は、まさか自分たちがテレビに映るとは思わなかったが、翌々日に放映されるという驚愕サプライズ。友人は番組を録画し、私の姪も忘れずに番組を見て、さっそくLINEに映像を載せてくれた。

録画をよくよく見聞きすると、インタビュー時の私のコメントに、アッコさんから「よく見てるね」とつぶやきが入っていた。仰天記念日の映像をスマホとテレビに保存できて感無量だ。

番組は私が結婚した年に始まったので、放送40周年は私たち夫婦の40年でもある。図らずしてご縁があり、重ねてきた歳月に思いが及ぶ。アッコさん、長い間本当にお疲れ様でした。


【内輪ことば】
家族にだけ通じる”内輪言葉”についての投稿を拝読して嬉しくなった。それなら我が家にもかつて「あった」と、「あるある」を考え始めたら楽しくて止まらなくなった。

自分が子供の頃、ハンガーはエモンかけ、急須はキース、サンダルは草履、つっかけと呼んでいた。

結婚、出産した後、リモコンはコントロール、娘の幼児言葉から蜜柑はなぜか「ギャンギ」、女の子の大事な部分は「こちょこちょちゃん」といってトイレや入浴時に使っていたものだった。

そういえば母が存命だった頃、帰省した折に弟が「窓あきパンが食べたい」と母にせがんでいたのを思い出した。「窓あきパン」は言わばクロックムッシュの変形のような一品だ。食パンの耳を残して中を四角く切り取り、フライパンにまず耳を入れ、枠中にハム、卵、チーズを重ねて、切り取ったパンで蓋をする。卵が程よく固まったら裏返し、バターを足して両面をこんがり焼く。

母が料理番組で見て作るようになったそれを、私たちは「窓あきパン」と呼んでよくリクエストした。

母亡き後、久しぶりに弟から声が上がり作ってみた。弟が続けざまに3枚平らげたのは、つまり母と同レベルの出来栄えだった私の手腕だ。そこをもっと弟に褒めてもらいたかった。


【鶴の一声】
2010年頃から10年近く、実家と疎遠だった。帰省するのは2,3年に1度で日帰りのみ。実家の近所に住む姉家族や弟家族とは、ほとんど交流が無かった。今となっては、そうした事態を招いた理由は思い出せない。もともと家族が苦手という内面の葛藤があり、夫の都合で遠方に引越したことも、勿怪の幸いだとほくそ笑んでいた。

当然のことながら、私は実家で起こった諸々の事情を何一つ知らず、すべてを丸投げ状態でやり過ごしてきた。両親の老いや病気、入院や介護など問題は多岐にわたったはずだが、いっさい関わることなく知らん顔を決め込んだ。

5年前に父が亡くなった時も、私はお通夜を欠席しようと思っていた。「どの面下げて敷居を跨ぐのか」という自分本位な口実のもと、一方的に欠席を弟に告げた。

私の義兄にあたる姉の夫から、速攻で電話があった。「親のお通夜に子供が揃ってないのはおかしい」「みんな心配してるんだよ」「いま会わなきゃ」。義兄は諭すように、淡々と私を説得してくれた。

それは鶴の一声だった。他人である義兄の言葉が、私の中の凝り固まったしこりのようなものを溶かした。そしてそれは10年の歳月、不義理を通してきた私の、修復への第一歩になった。

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