構造主義とポスト構造主義とは何か?希望を打ち砕いた哲学を解説
構造主義とポスト構造主義は、何を絶望させたのか
まず、飲茶『正義の教室』から、該当箇所を正確に引用する。
「おさらいはこんなところにして、では、今日は残りの時間を使って、哲学史の一番最後のところ、構造主義とポスト構造主義について話をしよう。これらは実存主義の次に現れた哲学思想であるが、構造主義もポスト構造主義も、だいたい似たようなことを言っている。ようは、『人間は、何らかの社会構造に支配されており、決して自由に物事を判断しているわけではない』という話だ」(中略)
「では、ポスト構造主義は、構造主義と何が違うのか。それは、『構造主義がわずかに持っていた希望を打ち砕いたこと』だと言ってもいいかもしれない」
構造主義が持っていた希望?
「構造主義は一見すると、人間の主体的な意志を軽視した非人間的な思想に思えるかもしれないが、実は、こんな希望を見出すことができる。
『自分たちが生きている社会の構造をきちんと把握しよう。そして、その構造上の欠陥を見つけ出し、それを修復してもっと豊かで幸せな未来を作り出そう』」(中略)
「だが、ポスト構造主義の哲学者たちは、その希望をこんなふうに打ち砕く」
『そんなことは不可能だ! 人間は自分の意志で構造を作り変えることなど絶対にできない!なぜなら、その作り変えようという意志自体が、とらわれている構造から生み出されたものにすぎず、元の構造を越えたものを作り出すことなんてできないからだ!』
構造主義が突きつけた冷たい事実
この引用の前半で語られているのは、
構造主義とポスト構造主義に共通する、非常に厳しい人間観である。
「人間は、何らかの社会構造に支配されており、決して自由に物事を判断しているわけではない」
ここで言う『構造』は、むしろ『システム』と言い換えた方が、キミたちにとってはわかりやすいかもしれない。
アナタが
「自分で考えて選んだ」
「主体的に決断した」
と思っているその判断すら、言語・制度・文化・価値観といった
見えない構造の産物である、という主張だ。
これは、実存主義が信じた
自由な主体としての人間
を、根底から揺さぶる。
それでも構造主義には「希望」があった
ここが重要なポイントである。
構造主義は、人間の自由を否定しながらも、
かろうじて希望を残していた。
それが、次の考えだ。
社会の構造を分析し、欠陥を見つけ、修復すれば、
より良い社会を作れるのではないか
アナタが
差別
貧困
不平等
を「社会の仕組みの問題」として捉えるとき、
その発想はすでに構造主義的である。
構造を理解できるものとみなす限り、
そこにはまだ、人間の介入の余地がある。
ポスト構造主義が打ち砕いたもの
しかし、ポスト構造主義は、その最後の希望すら否定する。
「構造を変えようとする意志そのものが、
すでに構造に支配されている」
ここが決定的である。
アナタが
「この社会はおかしい」
「変えなければならない」
と思ったとしても、その思考自体が、
今の社会構造から生み出されたものにすぎない。
だから、
構造を超える構造は作れない
これが、ポスト構造主義の冷酷な結論である。
なぜここまで絶望的なのか
この立場が絶望的に感じられるのは、
改革・進歩・解放といった概念が、
すべて疑わしくなるからだ。
革命も
改革も
批判ですら
構造の内部運動にすぎない。
アナタが希望だと思っていたものが、
実はシステムの自己維持装置かもしれない、
という可能性を突きつけられる。
それでも、この思想は「終わり」ではない
重要なのは、
ポスト構造主義が「何もするな」と言っているわけではない点だ。
むしろ、こう問いかけている。
アナタが信じているその「正しさ」は、
どの構造から生まれているのか?
この問いを引き受けること自体が、
すでに構造を自覚した生き方である。
まとめ:自由は幻想かもしれない。それでも考えるしかない
構造主義は言う。
人間は自由ではない。
ポスト構造主義は言う。
自由になろうとすることすら、自由ではない。
それでもなお、
アナタは考えることをやめられない。
この思想は、希望を与えない。
だが、思考を甘えから引き剥がす力を持っている。
そしてそれこそが、
哲学史の「最後」に置かれた理由なのかもしれない。
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