「宗教的である」とは何か?理性を超えた正義と直観主義を解説
「宗教的である」とは何か──信仰でも組織でもない正義のかたち
まず、飲茶『正義の教室』から、該当箇所を正確に引用する。
『宗教的である』ということは、神さまを信じること、宗教団体に入ることとはまったく関係のない、別のことなのだ。
では、『宗教的である』とは、もともとどういうことで、どう区別すべきものであるのか?
私は、『物質または理性を越えたところにある何かを信じていること』、それが宗教的であることの唯一の条件であり、その一点によって、宗教的かどうかの是非を見分けるべきであると考えている」(中略)
「でも、理屈や論理に頼らないなら、『宗教の正義』の人は、その『正義』をどうやって知るのですか?」
「たしかに、そこは疑問に思うところだろう。正義が説明不可能なものなら、それをどうやって知るのか。答えはシンプルだ。直接そのまま、枠の外にある正義を『観れば』いい。そして、このような正義の捉え方を『直観主義』と呼ぶ」
「宗教的=神を信じる」は誤解である
アナタが「宗教的」という言葉を聞いたとき、
まず思い浮かべるのは、神・教義・宗教団体かもしれない。
しかし、ここで語られているのは、それとはまったく別の定義である。
宗教的であることの条件は、
「物質または理性を越えたところにある何かを信じていること」
重要なのは、
何を信じているか
どの宗教に属しているか
ではない。
理性や論理で完全には説明できない領域を、
それでも「ある」と受け取る姿勢そのものが、宗教的だとされている。
理性の外側に正義がある、という立場
ここで提示されている「宗教の正義」は、
功利主義や自由主義とは決定的に異なる。
計算で導かれない
論理で証明できない
言語化できないことすらある
それでもなお、
「これは正義だ」と感じてしまう何か
アナタにも、理由は説明できないが
「これは絶対に許されない」「これは尊い」と感じた経験があるはずだ。
その感覚こそが、ここでいう宗教的正義の入り口である。
「どうやって知るのか?」という核心的な疑問
引用文の中で、最も重要な問いはここだ。
「でも、理屈や論理に頼らないなら、『宗教の正義』の人は、その『正義』をどうやって知るのですか?」
これは、アナタ自身の疑問でもあるはずだ。
説明できない正義など、信用できないのではないか、と。
それに対する答えは、驚くほどシンプルで、同時に危うい。
「直接そのまま、枠の外にある正義を『観れば』いい」
直観主義とは「感じてしまう」ことを引き受ける態度である
この正義の捉え方は、直観主義と呼ばれる。
直観主義とは、
考えてから正義を判断するのではない
証明してから信じるのでもない
先に直ちに「観えてしまう」正義を、正義として引き受ける態度である。
アナタが理屈抜きで
「これはどうしても間違っている」
「これはどうしても守られるべきだ」
と感じる瞬間、その判断はすでに直観的に下されている。
この正義の危うさと、避けられなさ
もちろん、この立場には大きなリスクがある。
独善に陥る可能性
他人と共有できない
暴走すれば原理主義になる
それでもなお、人間はこの正義を完全には手放せない。
なぜなら、
論理だけでは、どうしても切り捨てられない感覚があるからだ。
理性の正義だけでは救われない場面がある。
その最後の拠り所として、宗教的正義は現れる。
まとめ:宗教的であるとは、理性を捨てることではない
「物質または理性を越えたところにある何かを信じていること」
これは、反知性主義ではない。
むしろ、理性の限界を自覚したうえで、それでもなお正義を求める姿勢である。
アナタがもし、
説明できないのに、どうしても譲れない正義を抱えているなら、
その瞬間、アナタはすでに「宗教的」なのかもしれない。
それは信仰の問題ではない。
人間が正義と向き合う、最も根源的なかたちなのである。
↓<引用文献>
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