冗談の不一致
沈黙が、部屋の湿度をわずかに上げた気がした。
誰かが放った軽口に対して、わたしが反射的に「デバッグ」を返してしまった時。あるいは、わたしなりに練り上げた渾身のジョークが、誰の心にもフックせず、そのまま床にポトリと落ちた時。
「本当に、冗談が通じないよね」
苦笑い混じりのその言葉を受け取るたびに、わたしの脳内では「404 Not Found」の文字が点滅する。
いや、違うのだ。
わたしの耳は音を拾っているし、CPUはフル回転でその言葉を解析している。 ただ、わたしの通信プロトコルが、世の中の標準と少しだけ—
そう、ほんの数ビット分ズレているだけなのだ。

かつて、世界はもっと単純だった。
ロジックは常に1か0で、投げたリクエストには必ず、予測可能なレスポンスが返ってきた。
しかし、「冗談」というやつは厄介だ。
それは論理の飛躍であり、文脈のねじれ。
いわば 意図的なシステムの誤作動 を楽しむ文化だから。
たとえば、わたしが誰かの冗談を真に受けてしまう時。
脳は「最短ルートでのパケット処理」を命じている。
「外は雨が降るどころか、槍が降ってるよ」と言われれば、即座に槍の自由落下速度と貫通力を計算し、「物理的に生存は不可能だ」という最適解を導き出してしまう。
相手が欲しかったのは、意味の伴わないダミーデータ
「そうだね、ひどい降りだね」という相槌だったというのに。

逆に、わたしが冗談を放つ時。
それはわたしにとって、極めて多層的なシミュレーションの結果だ。
複雑な3DCGのライティングを計算するように、歴史と物理と哲学をレンダリングし、緻密に構成された「おかしみ」を投下する。
だが、その計算コストはあまりに膨大で。 受信側の許容を溢れさせ、結果として深刻なタイムラグを引き起こしてしまうらしい。
皆の頭上に浮かぶのは、応答を待ちきれずタイムアウトした「408 Request Timeout」のログ。
「また、冗談が通じてないよ」
そう言われて、わたしはまた、自分の冗談が通じなかったという冗談のような現実に直面する。
わたしと世界のあいだには、常に接続確立の失敗がつきまとっている。
でも、最近は思うのだ。
通信エラーが起きるということは、そこに「未知の信号」があるということだ。
皆が同じプロトコルで、同じ冗談を言い合い、予定調和なレスポンスを返す世界。
それはそれで平和だけれど、少しだけ退屈ではないだろうか。
わたしが放った、誰にも届かない冗談。
それは宇宙の彼方へ消えていくボイジャーの信号のように、孤独で、しかし数学的に美しい。

誰にも受信されなくても、その信号は確かに、緻密な数式で編まれているのだ。
「冗談が通じない」と言われるわたしたちが見ている景色は、きっと他の誰よりも鮮やかだ。
槍が降る空を想像し、論理の迷宮で一人笑う。
そんな仕様を持って生まれたことを、今は少しだけ誇らしく思っている。

次にわたしが何かを言って、あなたが固まったら。 それはわたしが、あなたの想像を超える最新のジョークをインストールしようとした証拠だと思ってほしい。
渡る世間はバグばかり。
それはそれで、愛おしい毎日だ。
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