見出し画像

『惑星 アトデ』 の宇宙的矛盾

郵便受けから取り出した封筒を、テーブルの端に置く。
その瞬間、わたしの脳内では一つのコマンドが実行される。

$ mv "あとでやる" /dev/null

このコマンドは実に強力だ。 実行された瞬間、その封筒は物理的な質量を失い、視界に入っているのに認識されない透明なオブジェクトへと変化する。

脱ぎ捨てた靴下が描く放物線の計算や、シンクに放置された食器が形成する独自の生態系シミュレーション。物理レイヤーにおける現象の解析であれば、わたしはそれを完璧に脳内で掌握できているはずだ。たぶん。

それなのに、なぜだ。
目の前にある住民税の通知ポイントカードの更新ハガキの軌道計算だけが、これほどまでに困難なのは。

きっと、わたしのような特性を持つ人間の脳には、特殊なルーターが備わっており「今すぐやる」というパケットは、超高速回線で処理される。

興味があること、緊急度が高いこと、謎解きやトラブルシューティング。
これらは瞬く間にCPUがフル回転し、最適解へと導かれる。

一方で、「あとでやる」とタグ付けされたパケット。
これは、どうやら太陽系の外側あたりにある惑星へ向け、ロケットで射出されてしまうらしい。


そこへ送られたタスクは、事象の地平線を超え、時間の概念がない空間へと吸い込まれる。
だから、わたしたちが「あとで」と言うとき、それは数分後や数時間後を指しているのではない。

宇宙の彼方へ旅立たせる という、壮大な別れの言葉なのだ。


数日後、あるいは数週間後。
督促状という名の帰還カプセルが郵便受けに不時着して初めて、気が付く。

「ああ、君はそこにいたのか」と。

人々は、このラグを「忘れっぽい」とか「だらしない」と呼ぶ。
だが、訂正させてほしい。

これはバグではなく、仕様だ。

わたしの脳内メモリは、常に 今、ここにある興味 という高解像度の3Dレンダリングに全リソースを割いている。
背景のテクスチャ(日常の雑務)を極限まで軽量化し、メインの処理速度を維持するための、涙ぐましい最適化の結果なのだ。

だから、もしあなたの周りに「あとでやる」と言ってフリーズしている人間がいたら、どうか優しく見守ってほしい。

彼は今、サボっているのではない。 重要なデータを、遥か彼方の宇宙へ打ち上げている最中なのだから。

打ち上げている最中なのだから。

#ADHD #ASD #大人の発達障害 #特性は仕様 #元技術者 #経営統括 #自分を愛でる #凸凹 #ショートエッセイ #キリのいいところ #仕事のはじめ方 #仕事の終わり方 #アトデ・ヤル #あとでは来ない 


いいなと思ったら応援しよう!