置き忘れたのは「物理」への関心
雨が上がった。 アスファルトの匂いが立ち上がり、街が湿度を脱ぎ捨てていく。そんな劇的な世界の転換に目を奪われているうちに、右手からは「傘」というデバイスの接続が解除されていた。
駅のホーム。あるいは、お気に入りのカフェの入り口。 そこに置かれたままのビニール傘は、脳内ではすでに不要なキャッシュとしてクリアされている。
このOSは、どういうわけか「雨が止んだら、傘を持って帰る」という、たった一行の条件分岐で、いとも簡単にスタックする。
脳内のスタック・トレース
この現象を技術的に解析するなら、おそらくリソースの割り当てミスだ。
脳は、興味の対象に対して常にフルスロットルでメモリを割り当てる仕様になっている。 「組織をどう動かすか」「次のプロジェクトの最適解は何か」 そんなバックグラウンド・プロセスが常にCPUの80%を占有している状態で、ふと雨上がりの空の美しさという高精細な映像データが飛び込んでくる。
すると、システムはパニックを起こす。 優先度の低いタスク——つまり、手に持っている棒状の物体を維持するという物理レイヤーの処理が、即座に強制終了されるのだ。
怠けているわけじゃない。ただ、意識のカーソルが別のウィンドウに全力で吸い込まれているだけだ。
「あ、傘」 と思い出すのは、たいていの場合、次の雨が降り始めたとき。 タイムラインには、過去に置き去りにしてきた傘たちの怨霊のような未回収のタスクが、いくつも浮遊している。

バグを仕様として愛でる
かつては、そんな仕様を呪った。 「どうして普通の人ができることが、自分にはできないのか」と。
事務手続きの不備、繰り返される忘れ物、食事を忘れるほどの没入。 それらはすべて、社会という巨大なシステムにおける致命的なエラーだと思い込んでいた。
けれど、今は少し違う視点を持っている。
もし、すべてを完璧にこなす汎用性の高いOSだったなら、あの時見た衛星の軌道の美しさも、3DCGの複雑なロジックを解き明かした時の法悦も、今の組織を動かす奇妙な直感も、これほど鮮明には描けなかったかもしれない。
何かが欠けているのではない。 特定の機能に極振りした、尖った仕様のプロトタイプなのだ。
…とはいえ。 この "尖り" が、生活を壊す日もある。笑えない損失を出すこともある。 そこはちゃんと、痛みを伴って認めておきたい。
視点のギフト
もし今、自分の不器用さに打ちのめされているのなら、こう考えてみてほしい。 脳が起こしたそのエラーは、何かに深く恋をしたり、思考の深淵に潜ったりするための "代償" として、システムが抱え込んでいるバグなのだと。
もちろん、バグを愛でられない日もある。 そんな日は、ただ「今日は処理落ちしてるだけ」と言って、再起動のための余白を確保すればいい。
傘を忘れたおかげで、濡れた地面に映る街灯の、完璧なリフレクションに気づくことができた。 そう思えば、数百円のビニール傘一枚くらい、この世界への「観覧料」として安いものではないか。

不完全なわたしたちは、不完全なまま、この複雑な世界というシステムを動かしていく。 明日の朝、また新しいエラーコードを吐き出したとしても、それは一生懸命に「生きる」という演算を続けている証拠だ。
世界は、思っているよりもずっと、バグだらけで、そして美しい。
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