1960年代〜70年代 日本のいやな映画、名作群
Amazonプライムで様々な映画を観る。今週は闇鍋週間だ。
まずは『一九歳の地図』。中上健次原作だ。1979年の映画。
青春映画、暗い昏い青春映画だ。主演は本間裕二、共演に蟹江敬三、そして、沖山秀子。主人公は早稲田を目指す19歳の青年で、新聞配達のバイトをしながら予備校に通っている。
そんな主人公、新聞配達の集金に回る際、こう、対応が悪い、とか、貧乏、だとか、そういうので、バツをつけていく。バツは3つ貯まるとアウトだ(何が?)。そして、その家に匿名の悪戯電話をかけるのだ。罵倒の言葉を叩きつけるのだ。
蟹江敬三は職場の先輩だ。30代で大人だが、借金や博打、頼りない、嘘松、などで、見下されている。彼は、瘡蓋のマリアと呼ぶ、足に障害を持つ女性と年頃だが、主人公には二人のどうしようもなさに、更に苛立ちが募る。
マリアは沖山秀子が演じている。『神々の深き欲望』で、撮影の際に、監督の今村昌平とずっと貪り合っていた女優だ。
この人のインパクトが凄まじいのだが、然し、何よりも、映画そのものよりも、この、1978年の風景、に、衝撃を受ける。スラム、バラック小屋が立ち並ぶ界隈が登場するが、なかなかインパクトがある。わずか50年ほど前の風景だが、隔世の感がある。で、主人公が集金に回る家々は、様々な人々が住む、宗教にハマった後家の奥さんや、主人公にカステラや珈琲を振る舞うが、ナチュナルに見下す主婦など……。この時代、この空気感、嫌いではない、寧ろ、映画で観るのはやはりATG、この時代がいい。
特に、雨の中、オンボロアパートの階段を、足を引きずって昇るマリア、転んで落ちて、牛乳瓶が割れて、土砂降りの雨の中牛乳が混じりゆく、それを物陰から隠れて見つめる主人公の構図など、忘れがたいシーン、エンディングも、沖山秀子がゴミの山から洋服を漁り、それを身体に当てて踊るシーン、など、映画的な、映像的な快楽に溢れている。
音楽はジャジーだ。流石中上健次。監督は柳町光男、中上健次のオリジナル脚本『火まつり』でもタッグを組んでいる。私はまだ観ていない。
ジャズ、文学、と、いえば、中上健次か村上春樹、そんなイメージだ。
で、次に観たのは、440円払って、『人妻集団暴行致死事件』。凄いタイトルだ。とんでもないタイトルだ。

これも1978年の映画だ。同じような風景。この時代は、やたらと、ガスタンクを画面に収めたがる。どちらの映画もそうだ。あれは、時代の象徴でもあり、入れることで、レイアウト的にも、画面が決まりやすいのかもしれない。
主演は室田日出男、監督は、田中登。日活ロマンポルノだ。然し、傑作という噂に違わぬ名作だった。タイトルで損をしている、が、そういう成り立ち、内容そのままなのだからしょうがない、とは、いえ、『人妻集団暴行致死事件』、というタイトル、どう考えても、男性しか観ないだろう。
で、今作は、無軌道な若者3人、常に、女性といたすことだけを考えている下半身の奴隷たち、この3人が、酔って眠っていた室田日出男の車から盗みを働き警察に捕まるが、然し、室田日出男、3人を赦してやる、かつてはテキ屋をしていたこの男、度量があり、約束を反故にする、男同士の付き合いを反故にする野暮にこそ耐えられない、義侠的な男、で、あり、古い感覚、この男は42歳、若者たちは20歳前後、そして、男の妻は34歳。
室田日出男は、盗みを見逃した3人に焼き肉を奢り、家に招待し、一緒に遊ぶ中になり、おやじさん、と呼ばれて満更でもなさそうな様子、この4人、と妻1名の、仲睦まじい様子が描かれる、の、で、ある、が、然し、奥さんは、この3人の野蛮な男どもを警戒して嫌っている。あの人達怖い、と嫌っている。それでもおやじさん、室田日出男、人が良くて逆に妻を窘める。若者の一人、これは古尾谷雅人、堂本版『金田一少年の事件簿』においての剣持警部、当初はロマンポルノ俳優、『丑三つの村』でも名演、彼が、おやじさん夫妻のことを識っているおっさんから話を聞く。おやじさんは良いやつだ、人が良すぎる、奥さんはいい女だろう、名器なんだ、あの人は昔そういう店で働いていた……、など聞かされる。そして、この関係性に、ついに破局が訪れるのだが……。
とにかく、誰もが述べるように、こう、輪姦されて死んでしまった妻の亡骸を抱えたまま風呂に入り、石鹸で胸や手足の指の間を丁寧に洗ってやる室田日出男のシーンが素晴らしいだろう。
田中登監督、と、いえば、『(秘)色情めす市場』、こちらも、とんでもないタイトル、だが、これは傑作、釜ヶ崎を舞台に、娼婦の女性を描いたロマンポルノだが、この映画も、『人妻集団暴行致死事件』も、どちらも題材は重く、どう考えても陰鬱にならざるを得ない、と、思うのだが、意外にも軽やかで、爽快ですらある、のは、不思議な演出力だ、然し、『(秘)色情めす市場』の方では、こちらはモノクロなのだが、一部カラー撮影があって、このカラーのシーンが藝術的なタイミング、かつ重厚さで、一気に作品を名画に押し上げている。大変に印象的にカラーを使うのだ。

『人妻集団暴行致死事件』の結末は絶望的であり、室田日出男は被害者であると同時に、加害者的でもある。彼の、鷹揚に見えてその実無責任な男性性にこそ、罪があるようだ。やはり、この映画を観て、イングマール・ベルイマンの、『処女の泉』を思い出した次第。
で、最後は、若松孝二監督の『日本暴行暗黒史 異常者の血』。これもまたすごいタイトルだ。1967年の映画だ。パートカラー。基本モノクロだ。
で、この3本の中で、1番良かった。傑作だと思うが、案外レビューでは評価が低い。映像的にも、フィルムの劣化がダメージか、画像が乱れるところがあるが、それが呪いのビデオ感すら与える。
血の轍、の、話であり、明治、大正、昭和、の3つの時代、4代に渡る性犯罪、殺人罪の呪縛の話。72分だ。1時間12分だ。
然し、ものすごく、ものすごくボリューミーに思える。低予算だ。然し、低予算を逆手に取る、私、この映画、観ていて、もう、どんな時代劇よりも、その時代に撮られた映像を観ているかのようで、食い入るように観る。ブルーフィルム的である。観てはいけないものを映したフィルムのようだ。
なぜこんなにもリアルなのか、不思議なほどだ。
物語は、まず、昭和から始まり、原宿族の男の一人が、ナンパした女性を追いかける戦慄の長回しから始まる。これはモノクロで、遠くからの固定カメラで双方の顔が見えない、が、だんだん近づいてくる。女性は、上半身が裸だ。おっぱいを揺らしながら走ってくる。それを追う変態男。で、なんとか通りかかりのタクシーを拾い、逃げ切ることに成功する。
追いかけられる、とは、根源的な恐怖を感じるものだ。これもアマプラで観たが、『MEN 同じ顔の男たち』でも、主人公のハーパーが森のトンネルの奥、人影が見えて、そこから追いかけてくるシーン、あの恐怖、あれを思い出す。この映画、映像はとてつもないほどに美しい、美術的には素晴らしい映画だが、イカれている。
で、話を『日本暴行暗黒史 異常者の血』に戻すと、そんな、原宿族の男、アパートで集まって乱交パーティに耽る、そこに、通報を受けた刑事がやってくる、今作の語り部だ、彼は、そこでこの原宿族の男を逮捕するのだが、彼の顔を見て戦慄を覚える。男は、刑事の識った顔だった。そして、刑事は、自身が育った山陰地方の忌まわしい呪われた村、呪われた血脈についての物語を観客に語り始める。
彼の語るそれぞれの時代の物語と並行して、生まれ育った土地へ向かう彼の姿が描かれる。彼は最終的には、その忌まわしい場所に戻り、ある男と再会するのだが……。
映画として抜群に面白いし(私の趣味的に)、まぁ、人を選ぶ映画、で、あろうが、然し、そこら辺の時代劇よりもよほど陰惨、なので、その分、リアリティが凄い。まぁ、いやーな、いやーなリアリティ、だが。
で、物語も綺麗に終わる、いや、まぁ、綺麗でないが、ちゃんと円環が閉じる、し、私は、この映画を観て、見世物としての映画、の面白さを存分に味わう。
で、最後の終わり方に、まぁ、なんというか、ヤマジュン漫画の『男狩り』を思い出した。これも刑事ものだし、ある種の血族ものだし……。エンディングもそんな香りだった。
