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「守ってやれなくて、すまんかった」

今年、五十八になる。

会社では部長という肩書をもらい、
それなりの給料もいただいている。

妻がいて、子供がいて、
住宅ローンが残っていて、
ついこの前までFP1級の勉強をしていた。

並べてみれば、ごく平凡な人生だろう。

大きな事故もなく、なんとかここまで来た。

そう言われれば、たしかにその通りかもしれない。

自分の実感は少し違う。

振り返るたびに思うのだ。
よく道を踏み外さなかったな、と。


大学を出て最初に入ったのは百貨店だった。

配属は法人外商部。

土日が休みと聞いたときは、
驚きよりも拍子抜けの方が大きかった。

百貨店といえば
売り場というイメージしかなかったからだ。

官公庁相手の営業だった。

毎日働きながら、
ここではない気がしていた。

結局、一年半ほどで辞めた。

退職届を出した帰り道、
見慣れた街の景色が、
妙に遠く感じられたのを覚えている。

駅のホームで電車を待ちながら、
人生が終わったと思った。

まだ二十代だったのに、
本気でそう思っていた。

その百貨店で、妻と出会った。

もしあのとき別の会社に入っていたら。
もし採用試験に落ちていたら。
今の家族はいない。

人生というのは、
どうにも理屈通りにはいかない。

あの頃は、それが失敗だったと信じていた。

百貨店を辞めたあと、営業を離れ、
手に職をつけるしかないと考えた。

税理士事務所に転職した。

そこで覚えたのは、
お金の流れと税金の仕組みだった。

当時は意味もよく分からないまま、
数字を追いかけていた。

ただひたすら忙しかった。

朝八時に出社し、
事務所を出るのは夜十時半。

煙草の煙がこもる事務所。
湯飲みを配る女性職員。

今ではほとんど見かけなくなった風景の中で、
毎日をやり過ごしていた。

その分、心は少しずつ削れていった。

ある日、とうとう限界が来た。

狭い所帯での人間関係に疲れ果て、
面従腹背の自分に嫌気がさし、
転職を決めた。

「厚生年金が欲しかったから」

そう説明していたが、
半分は本当で、半分は違う。

逃げたかったのだと思う。

ただ、これだけは断言できる。

あの頃教わったことは、
今も仕事の中に残っている。

税理士事務所に入社したばかりの頃、
教育係としてお世話になったのがNさんだった。

私の度重なるミスにも一度として声を荒げず、
静かに指導してくださった。

現在、自分が部下と接するとき、
ふとNさんの姿が浮かぶことがある。

気づけば、あの頃のNさんに似たようなことをしている。

外出先で昼時になると、
よく町中華へ連れて行ってくれた。

私は遠慮して安い定食を頼むのだが、
Nさんは「若いんやから食べとけ」と笑った。

私のミスで所長に呼ばれたとき、
Nさんは黙って自分の責任として説明していた。

それを知ったのは、ずっと後になってからだった。

人に守られていることにさえ気づかなかった。

Nさんは税務の知識を拠り所にしていた。
立ち回りは、あまり上手ではなかった。

それを揶揄する人もいた。

私は横で曖昧に笑っていた。

かばいもしなかった。

あの頃の私は、
長いものに巻かれることを賢さだと思っていた。

若かったというより、卑怯だったのだと思う。


辞めるとき、Nさんに言われた言葉がある。

「守ってやれなくて、すまんかった」

きちんと感謝を伝えることができなかった。


退職してから数年後、
風の便りで訃報を聞いたとき、
しばらく言葉が出なかった。

人生には、間に合わないことがある。


それから今の会社に入り、無我夢中で過ごした。

部長になるとも、
東京で暮らすとも、
想像すらしていなかった。

手元に残った資格らしい資格といえば、
会社に勧められて取ったものくらいだった。


どこかにずっと、
やり残してきたような感覚があった。

喉の奥に、小さな引っかかりが残っているような、そんな感じだった。

還暦を前にして、いまさらという思いはあったが、
それでも最後にひとつくらいは区切りをつけておきたかった。

そう考えて、FP1級の取得を目指し、
なんとか合格を手にすることができた。

これまで積み重ねてきた経験に、
少し筋を通しておきたかったのだと思う。

五十代の終わりになって、
そんな挑戦を始めるとは考えてもみなかった。


人生は、不思議なものだと思う。

歩いているときには意味が分からない。

迷路の中を進んでいるような気がするだけだ。

それでも、何十年も経って振り返ると、
ばらばらだった道が、どこかでつながって見えてくる。

百貨店を辞めたこと。
税理士事務所で心を折ったこと。
大阪を離れたこと。
FPの勉強を始めたこと。

どれも、その時は意味を持たなかった。

むしろ遠回りだと思っていた。

できれば避けたかったことばかりだ。

人生には無駄な遠回りがある。
ずっと、そう思ってきた。

もしかすると、本当に無駄だった遠回りは、
一つもなかったのかもしれない。

努力もあった。
運もあった。
人との出会いもあった。

それだけでは説明のつかない流れのようなものも、確かにあった。

導かれていたのか。
ただ流されていただけなのか。
答えは今でも分からない。

あの頃、失敗だと思っていたいくつかの出来事が、
今の自分をここまで運んできた。

そして振り返るたびに思い出す。

「守ってやれなくて、すまんかった」

あの日の言葉だけは、今も消えない。

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