エッセイ集『ぼくのネット漂流記』(執筆中)
『小さな松明(たいまつ)─フェイクの時代をどう生きるか─』

フェイクは、フェイクとして分析されることでしか無力化できない。
この考えに至るまで、私はずいぶん遠まわりをしてしまった。
私にとって「小池一夫ツイッター事件」は、単なるSNS上の炎上でも騒動でもなかった。
フェイクがどのように生まれ、どのように拡散し、どのように変質していくのかを、これ以上ないほど明確に示してくれた見本だった。
当初、多くの人々は違和感を覚えながらも言語化できなかった。
なにかがおかしいけれども、どこがおかしいのか言語化できなかった。
言語化できない曖昧さのすきまに、フェイクはちゃっかり安住してしまった。
フェイクの厄介さは、完全なウソではない点にある。
部分的なウソ。
都合よく切りとられた断片。
そして「小池一夫」という権威ある名前。
それらが物語として再配置されることで、フェイクは「もっともらしさ」を獲得した。
「小池一夫」の権威は、フェイクを強化するのに十分だった。
昭和の成功神話。
キャラクター論の説得力。
名言を語る賢老人。
これらのイメージが、ツイッターという即時性と相性のいい媒体に流しこまれ、検証不能な物語として消費されていった。
問題は、フェイクが語られていたことではない。
それが分析されないまま、善意や敬意や懐旧によって強化されていったことである。
私が「小池一夫ツイッター事件」に深入りすることになったのは義憤からではない。
むしろ逆だ。
あまりにも多くの人々が居心地よく騙されている光景を目撃して、強い不思議感を覚えたからであった。
フェイクは、怒りよりも安心感をあたえる。
混乱よりも物語をあたえる。
そして人々は安心できる虚構の物語を手放そうとしなくなる。
フェイクは否定では倒れない。
「それはウソだ」と叫ぶ声は、フェイクの内部で「迫害」に翻訳される。
結果として、フェイクはより結束し、より強化され、より排他的になる。
この経緯を観察して、私はひとつの結論に達した。
フェイクは、フェイクとして分析されることでしか無力化できない。
感情を排し、人格評価を避け、物語の構造そのものを解体すること。
誰が語っているのか。
なにが省かれているのか。
どの感情を刺激しているのか。
なぜ心地よいのか。
それらの問いを積み重ねることでしか、フェイクの魔法を解くことはできない。
そしてもうひとつ、私がこの事件から得た教訓がある。
それは、沈黙は中立ではないということだ。
ときに沈黙は肯定となり、加担となり、共犯者に近づく結果となる。
フェイクが多数派を占めるとき、ファクトを語る者は「空気を読めないヤツ」として排除されてしまう危険性をともなう。
けれども、そこで沈黙してしまえば、フェイクはそのまま“真実”として固定されてしまう。
だからこそ、語りつづけねばならないのである。
少数派であっても、めんどうであっても、誤解されても。
ファクトは、声をあげなければ存在できないほど脆いものなのだ。
小池一夫という作家の虚像と実像を追いかけることになった、この長い旅路で、私はひとつのファクトを確認した。
それは自分もふくめて、人間は誰しも自分に都合のいい物語で世界を塗り変えようとする誘惑を抱えている、というファクトである。
息するようにウソをつくのは、けして小池一夫だけの特技ではないのである 笑
フェイクは特定の誰かの企みだけで発生するものでもない。
私たち自身の心の奥底にも、フェイクの衝動はひそんでいるのである。
私は、他人のフェイク批判をする前に、自分が信じたい物語を疑えと、自身に言い聞かせるようになった。
フェイクの時代を生きるために必要なのは、他者を断罪することではなく、自身の内なるフェイクと向きあう姿勢なのだ。
事実を検証する習慣。
都合のいい物語に飛びつかない慎重さ。
死者を理想化しない冷静さ。
語るべきときは語る勇気。
未来が過去を創りかえるというファクトを忘れないこと。
フェイクの時代において、ファクトは“自然に残るもの”ではない。
“残すもの”なのである。
語り継がれ、守られつづけなければ、消えてしまうのがファクトなのだ。
小池一夫ツイッター事件は、まだ終わっていない。
終わっていないどころか、これからも様々にカタチを変えて、様々な場所で何度も発生する「構造」劇場の始まりなのである。
怒りではなく分析として。
告発ではなく解体として。
カタツムリのようにゆっくりと私はこの旅を続けていくつもりだ。
ファクトを守るとは、どう生きることなのか。
その答えを私はまだ知らない。
私たち一人ひとりが、自分の言葉で、自分の記憶で、自分の責任で見つけなければならないのであろう。
フェイクの時代をどう生きるか。
この問いは、たぶん私が死ぬまで、私を触発しつづけるだろう。
ひとつだけ確信していることがある。
ファクトは、語りつづける者がいるかぎり死なない。
私のファクトへの旅は死ぬまで終わらない。
小さな松明をかかげて。
『小池一夫とは何者だったのか』

数々の劇画キャラクターを起て、最終的には自分自身がキャラクターになってしまった
小池一夫を、天才的な劇画原作者と呼ぶだけでは足りない。
かといって、晩年を汚したペテン師と断定するのも浅い。
小池一夫は、読者に物語を信じこませる技術を極限まで磨きあげ、その技術によって劇画を巨大な産業へ押しあげ、若い才能に創作の情熱を感染させ、最後は自分で創りあげた小池一夫神話に吞みこまれてしまった人物だった。
小池一夫の成功と破綻は、別々の原因から生まれたものではない。
成功を生みだした才能そのものが、破綻をももたらしたのであった。
小池一夫を考察するときに、もっとも重要なキーワードは「矛盾」である。
成功と破綻。
優しさと暴力。
虚言と真実。
職人的努力とギャンブラー的な浪費。
後進を育てる情熱と、後進を自分の権威の燃料として利用する支配欲。
それらがたがいを打ち消すことなく、一人の人間の内部で同時に燃えつづけた。
私がかつて六年にわたってスタジオシップで目撃した小池一夫も、まさにそのような人物だった。
ただし、私の記憶もまた「私」という「編集者」によって再構築された「小池一夫」像にすぎない。
一次証言としての価値はあるはずだが、小池一夫という人物の全体像とはなりえない。
自分の記憶を唯一の真実として絶対化したとたん、私自身が新しい小池神話の創作者になってしまうからである。
この危険性だけは絶対に忘れてはならないと自戒している。
キャラクターを起てるという革命
小池一夫の最大の功績は、キャラクターを発明したことではない。
キャラクターを創作上の技術として言語化したことである。
彼は物語創作の技術を、天才の霊感や神秘的な秘伝から引きはがした。
キャラクターの目的、動機、欲望、特技、弱点、葛藤、選択、結果等を組みあわせれば、読者の感情を揺り動かす物語装置を設計できることを身をもって証明したのであった。
つまり、創作は神秘ではなく技術であることを劇画村塾を通して若い作家志望者に叩きこんだ。
彼が劇画村塾で語った「どんなに大ヒットしても、ストーリーなんて一年も経てば忘れてしまうが、キャラクターは十年経っても忘れられない」というテーゼは、単なるキャラクター重視論ではなかった。
物語のキモを、出来事から人物に移す創作宣言だったのである。
物語がキャラクターを動かすのではなく、キャラクターこそが欲望(内部論理)によって物語を引きずっていく。
この発想は、その後のマンガ、アニメ、ゲーム、映像作品の創作技術の一流派として定着することになった。
けれども、劇画村塾の本当の力は、キャラクター理論だけにあったのではない。
小池一夫は無類の話し上手だった。
彼の講義を聴くと、作品を書いたことのない者でも、なにか書けるような気になった。
全盛期の小池一夫は、書くことそのものが好きだった。
その情熱が周囲へ感染し、塾生たちは「書きたい病」にかかった。
劇画村塾とは、創作技術を教える学校である以前に、創作欲を感染させる熱源だったのである。
小池一夫の教育者としての本質は、正解を教えることではなかった。
書き手に、自分は書けると錯覚させることだった。
創作において、この錯覚は得難いものである。
作品を書きはじめるには、実力の裏づけよりも、根拠のない自己肯定感のほうが大事だからである。
小池一夫は、その根拠のない自己肯定感を他者に注入できる稀有な人物だった。
読者を引きずりまわす暴走機関車
小池作品の主人公たちは強い。
腕力が強いだけではない。
知識があり、弁が立ち、セクシーなうえ、社会の常識や倫理に縛られない。
危機に追いつめられても、常人には想像できない屁理屈や奇策によって状況を引っくりかえしてしまう。
その解決策が現実的かどうか、読者に考えるひまもあたえなかった。
なぜならば読者が欲していたのは、現実的な解決策ではなく、現実では決して味わえない強者至上主義の体験だったからである。
小池作品の核心は「キャラクターの暴走と濃厚さ」であり、超人的な強者の過剰な性と暴力、タブー破りによる瞬間的なカタルシスだった。
小池作品では、整合性よりも勢いが優先されたのであった。
説明が少々荒くても、展開が少々強引でも、主人公が画面の中央に力強く立っているかぎり、読者は許容して次のページをめくってしまう。
『オークション・ハウス』など、突っこみどころ満載の作品であるにもかかわらず、たいがいの読者は濃厚でスピーディーな展開に引きずられて読み進めてしまうのである。
小池作品の特殊な運動性は「突っこみどころ満載」という欠点を逆に推進力に変えてしまうのである。
小池一夫は、読者を納得させる作家ではなかった。
読者が疑問を抱く前に、次の強烈な場面へ連れ去る作家だった。
理屈で説得するのではなく、速度で疑問を置き去りにする。
小池作品の本質は、精巧な時計ではない。
燃料を燃やしながら突進する暴走機関車である。
物語が破綻しかけていても、いや、破綻しかけているからこそ、小池作品は暴走機関車のように走っているあいだは圧倒的に面白かった。
物語の序盤と中盤の天才、終盤の弱者
しかし、暴走機関車は停止することが苦手である。
小池作品には、序盤から中盤にかけて大傑作の風格を見せながら、終盤に至って急激に牽引力を失ってしまう作品が少なくない。
『半蔵の門』も中盤までは大傑作の風格があったのに、伏線を残したまま唐突に終わってしまったという印象をぬぐえない。
『オークション・ハウス』の最終回も、どこが大団円なのかと小首をかしげた読者も少なくなかったのではなかろうか。
これらの終盤のお粗末さは連載事情や編集部都合だけでは説明できない。
小池一夫のキャラクター理論そのものに、終盤を弱くする遠因があるのである。
当初のキャラクター設定があまりにも強すぎると、そのキャラクターは変化しづらくなってしまう。
どんな難敵も打ち倒し、どんな女も惹きつけ、どんな危機も突破できるキャラクターには余白がない。
世界の側が次々にキャラクターに屈服していくため、物語を終わらせる終盤力が失われてしまうのである。
キャラクターの成長が物語を動かすのではなく、物語全体がキャラクターを讃える舞台装置に変わってしまうのである。
物語の進展とともに抵抗勢力がなくなってしまうので、キャラクターはエネルギーを出しきって物語を完結することができなくなる。
ガス欠になって停止するしかないのである。
小池作品に見られる唐突な終盤や投げっぱなしは、才能が途絶えた結果ではない。
キャラクター至上主義には、終盤を弱くする構造的な危険性が内在しているのである。
小池一夫は、始めることと加速することの天才だったが、減速して着地し、主人公のキャラクターにそれまでの過程を精算させることを苦手としていた。
唯一の例外とおぼしき『子連れ狼』も、続編を開始したことで、ほかの作品同様、終盤の美学を見失った作品になってしまった。
「ン」という声の演出
小池一夫の物語の技法は、大きな物語構造だけにあったのではない。
台詞の表記にも、読者を作品世界に引きずりこむための綿密な細工がほどこされていた。
その象徴が、平仮名の「ん」を片仮名の「ン」で表記する独特の文体である。
これは単なる癖でも、自己顕示でもない。
読者に台詞をどのような呼吸で読ませるかという音声の演出だった。
「言ったんで」と読み流されるところを「言ったンで」と表記することで、読みの区切りや発声を調整しているのである。
独特な表記の理由として、読み違いを避け、台詞にリズムをあたえる読者サービスの配慮があった。
小池一夫は文字を意味だけでなく、音と形としてあつかった。
台詞は単なる情報ではない。
キャラクターの肉声だからである。
作画家が人物の表情を描くように、小池一夫は文字表記によって人物の声帯を設計したのである。
原作者の功績と作画家の功績
一方で、小池一夫を論じるさいには、原作者神話にも注意しなければならない。
『子連れ狼』は、小池一夫だけの作品ではない。
拝一刀と大五郎のコンビ関係、冥府魔道という思想、復讐劇の長期構造には、もちろんのこと小池一夫の構想力が大きく寄与しているが、乳母車の軋みや雨の冷たさ、スピーディーな剣戟演出、拝一刀と大五郎の沈黙劇を読者に伝えたのは、作画家の小島剛夕の線とコマだった。
読者が真っ先に見るのは原作そのものではない。
原作を視覚化した絵である。
キャラクターは原作者の筆だけでは起たない。
作画家によって視覚化された肉体をあたえられてこそ、初めて読者の前に起ち現れるのである。
当然のことながら『子連れ狼』は小池一夫の作品であると同時に、小島剛夕の作品でもある。
『クライング・フリーマン』も、小池一夫の物語設計と池上遼一の肉体表現が衝突した磁場に成立した作品である。
にもかかわらず、原作者の担当領域を作品全体と同一視したとたん、共同創作が単独創作神話にすり替えられてしまう。
小池一夫を正当に評価することは、彼一人に作品を帰属させることではない。
作画家とのあいだに生じた創作の化学反応として評価しなければならない。
共同創作の落とし穴
原作者が物語を書き、作画家が絵にする。
漫画が共同創作であることは言うまでもない。
編集者が介在し、アシスタントが背景や仕上げを支える。
映画やアニメと同じように、漫画もまた多くの人間の手によって完成する表現手段である。
共同創作そのものには、なんの問題もない。
問題が発生するのは、共同創作によって生まれたものが、いつのまにか単独の人間の創作作品として神話化されるときである。
小池一夫の場合、共同創作の問題はさらに複雑になる。
『子連れ狼』が小池一夫と小島剛夕の共同創作であることは明白である。
原作だけ読んでも、あの乳母車の軋みは聴こえてこない。
小島剛夕の筆によって拝一刀と大五郎に肉体があたえられてこそ、初めて『子連れ狼』という世界が視覚化された。
同じことは池上遼一、叶精作をはじめ、小池と組んだ多くの作画家についても言える。
小池は「絵が上がってきたとき、がっかりさせられたことも少なくない」と原作者の欲求不満を語る一方で、原作者があまりにも細かく指定しすぎると「漫画家の個性や感性を殺してしまう」ことも明確に認識していた。
自分と組める漫画家を育てるために劇画村塾を作ったとも語っている。
ここまでは健全な共同創作の話である。
けれども私はスタジオシップで働いた六年間に、もう一歩奥に隠された内情を目撃してしまった。
小池一夫の場合、作画だけではなく、原作そのものまで共同創作になっているケースがあった。
私は小説『乾いて候』の一部について、小池本人の手になるものではなく、義理の妹が書いた手書き原稿を直接見ている。
また橋本一郎氏に会ったさい、彼は小池の初期作品のいくつかは自分が書いたと明言していた。
スタジオシップの社員が小池のゴーストライターをしていることも社内では周知のことだった。
ここで問題になるのは「共同で原作を創作したこと」ではない。
私は共同創作自体を否定するつもりはない。
プロの創作現場では、アイデアを出す者、プロットをまとめる者、台詞を整える者、文章として完成させる者が分かれていることはままあることだからである。
問題は、その分業が隠蔽されたときである。
小池以外の誰かが大半を書いていても、小池一夫名義で世に出れば、後世には「小池一夫が書いた」というファクトだけが残る。
創作現場では共同作業だったものが、流通の段階で単独創作へと変換されてしまうのだ。
これが共同創作の最大の落とし穴だと私は考えている。
漫画史においては、ともすれば「手塚治虫の作品」「小池一夫の作品」「梶原一騎の作品」と、一人の英雄の名前によって整理される。
そのほうがわかりやすいからだ。
けれども実際の創作現場は、そんなに単純ではない。
アイデアを考えた者。
構成した者。
文章を書いた者。
絵にした者。
編集した者。
それぞれの創造が重なりあって、ひとつの漫画作品が生まれるのである。
共同創作の倫理とは、誰が偉いかを決めることではない。
「自分が創ったのは、どこまでか」を自覚することだ。
そして「そこから先は他人の創作である」と認めることである。
共同創作自体はフェイクではない。
他人の創造まで自分一人の創造として回収したとたん、そこにフェイクが生まれる。
AI時代の現在、この問題は小池一夫だけの昔話ではなくなった。
AIにプロットを書かせ、文章を書かせ、絵を描かせ、作曲させ、それでも当事者が「これは私の作品だ」と署名する時代がもう始まっている。
誰が創ったのか。
誰の名前で発表するのか。
誰が責任を負うのか。
昭和の劇画制作の現場で見え隠れしていた共同創作の落とし穴は、半世紀を経て、いま私たち創作者全員の問題になろうとしている。
昭和の男性原理
小池一夫作品の強さは、昭和という時代の欲望とダイナミクスと深く結びついている。
孤独で、無口で、強く、すべてを背負う漢(おとこ)たち。
自分の痛みを語らず、敵を倒し、女を惹きつけ、最後には独り去っていく。
それは昭和の男性読者が無意識のうちに願望した理想像だった。
現実の会社や家庭では非力であっても、劇画のなかでは絶対的な強者に感情移入できる、それが小池作品の魅力だった。
もちろん、小池一夫が昭和の男性原理を「発明」したわけではない。
昭和の社会に漂っていた男性の欲望を鋭く感じとって、劇画という様式のなかに濃縮したのであった。
小池一夫が男性優位の物語を一方的に読者に押しつけたのではなく、読者もそれを渇望していた。
小池一夫は、昭和の読者の願望を読みとる能力に長けていた。
彼の価値観と時代のパラダイムが合致していたと言い換えてもいいだろう。
だからこそ、その男性原理には明確な限界があった。
女性キャラクターは、主体としてではなく、男性の主人公の力強さや性的魅力を証明する鏡として配置されていた。
暴力的な性関係が、いつのまにか恋愛関係や服従関係に転換されている。
現代の倫理やジェンダー感覚から見れば、明らかに古いというだけではすまされない小池一夫の作家としての限界であった。
小池ワールドは、女性の意思を物語上の障害として処理し、男性主人公の欲望によって上書きする構造だった。
強姦された女性が主人公を愛するようになるという反復パターンはその顕著な例であろう。
私たちは小池一夫のキャラクターを起てる技術は継承できる。
読者の願望を読みとる姿勢も継承できる。
けれども小池一夫の創作技術と価値観は分離して考えなければならない。
昭和的な男性優位の価値観まで、普遍的な創作原理として継承するべきではない。
キャラクター論は、あくまでも創作の道具である。
思想や価値観は、別次元の問題である。
キャラクター論と思想や価値観を混同すると、小池一夫を学ぶことが、時代錯誤に堕してしまう。
教育者と教祖の境界線
劇画村塾は、多くの才能を世に送りだした。
小池一夫の周辺に若い才能が集まり、たがいに刺激しあい、スタジオシップと劇画村塾がひとつの創作生態系を形成していた。
小池一夫のキャラクター論は、小池本人とは異なる気質を持つ創作者にも応用可能だった。
小池ワールドは、小池自身の気質とキャラクター論の産物だが、別の気質を持つ創作者もキャラクター論から多くを学ぶことができた。
これは小池一夫のキャラクター論の普遍性を証明する重要な側面であろう。
しかしながら、教育者としての大成功は、やがて教祖化や神格化をもたらすことになった。
弟子たちの実績が、小池一夫の権威を担保する材料として使われるようになった。
劇画村塾は、若い才能のための学校であると同時に「これだけの才能を育てた小池一夫」という小池神話を補強する広報装置になっていった。
キャラクター論だけで若い才能たちが集まってきたわけではない。
成功者である小池一夫の熱量と権威に惹きよせられて、若い才能たちは集まってきたのである。
カリスマには素質と才能を起ちあがらせる力がある。
と、同時に人を黙らせる力もある。
異論を許さない教育は、教育ではなく信仰になる。
教育者と教祖の境界線上にいた小池一夫の功罪は、この一点で交錯せざるをえなかった。
若い才能たちをその気にさせる天才であったからこそ、彼らを自分の神話化の材料にしてしまう危険性も大きかったと言える。
芸術家とペテン師の境界線
創作とは本来、現実には存在しない人物や事件を、読者に存在するかのように感じさせるウソである。
優れた物語作家は、優れたウソつきである。
その意味で、小池一夫は、ずばぬけたウソの才能の持ち主だった。
かつて六年にわたってスタジオシップで見聞したかぎりでも、小池の虚言は常人の域をはるかに凌駕するレベルだったことは間違いない。
全盛期の小池一夫は、ウソを作品の内部へ向けていた。
読者を騙し、驚かせ、泣かせ、興奮させた。
読者は、それが虚構であると知りながら、喜んで騙されていた。
小池一夫は、この幸福な共犯関係を作ることに長けていた。
問題は、創作上のウソが現実生活へ流れだしたときに起きた。
全盛期には創作へ向けられていたウソの才能が、晩年には現実を操作する方向に向かった。
その結果、芸術のウソがペテンへ変質してしまったというのが、私の基本的な理解である。
ただし、芸術家とペテン師の違いを、善意と悪意だけで区別するつもりはない。
そもそも人間の動機は外から確認することは難しい。
判断基準の設定は具体的でなければならない。
相手が虚構であることを知っているか。
相手に検証する機会はあるか。
自由意志で関係から離脱できるか。
ウソが破綻したとき、誰が損失を引きうけるのか。
ウソの語り手は、結果にたいする責任を負えるのか。
小説やマンガでは、読者は虚構であることを知りながら作品世界にのめりこむ。
騙されることに同意している。
嫌なら本を投げ捨てることもできる。
これにたいして現実のペテンは、虚構であることを隠し、相手の判断能力を奪い、損失を相手に転嫁する。
芸術家とペテン師の境界線は、ウソの巧拙ではない。
虚構をめぐる合意と責任の有無なのである。
晩年の小池一夫の残念な所業は、芸術家とペテン師の境界線を見誤った結果にほかならなかった。
小池一夫の養子体験をどうあつかうべきか
小池一夫が少年時代に養子に出され、父親と母親が四人いたという事実は、個人情報であるとはいえ、創作者としての小池一夫の人間的な複雑さを考えるうえで無視できない。
私の父親も長男でありながら養子に出された複雑な人間性の持ち主だったので、どうしても小池一夫と父親が重なって見えてしかたがなかった。
血縁と非血縁。
所属と孤立。
選ばれた家族と、あたえられた家族。
こうした諸事情を『子連れ狼』をはじめとする小池作品の親子関係や師弟関係と切り離して考えることは難しい。
ただし、それらはあくまでも作品解釈上の仮説ではある。
養子体験だけから、小池一夫の支配欲や性表現、虚言、金銭問題、晩年のSNS問題までを地続きの心理因果として説明するのはあまりにも危険である。
そこから不安回避型愛着、強制支配幻想、晩年の不可解な行動へと一気に解釈を広げるのは慎まねばならない。
人格形成はそんなに単純なものではない。
医療記録も臨床面接もなく、本人の一次証言もほとんどない状態で、愛着障害を論じることはできない。
養子体験は補助線にはなるが、養子体験を重視しすぎても、はたまた軽視しすぎても、小池一夫という作家の謎に迫ることはできないだろう。
小池一夫には婚外子がいた。
この事実もまた彼の家族観や親子関係を考えるうえで無視することはできない。
少年時代に養子に出された経験と、成人後の家族形成を重ねあわせて考えることは容易である。
けれども養子体験と婚外子の存在を直接の因果関係で結びつける根拠はない。
ここでもまた事実と解釈を混同してはならないと想う。
養子体験も婚外子の存在も、小池一夫という人間の家族観を考えるための補助線ではあるが、それだけで彼の複雑な人間性を説明することはできないのである。
「小池一夫」という名の究極のキャラクター
晩年のツイッター(現在のX)に現れた「賢者の小池一夫」像は見事に起(た)ったキャラクターだった。
穏やかで、優しく、人生の苦みを知り、人を赦し、孤独な若者に寄りそう老人キャラクターだった。
現代人が求める理想の老賢者像として、ほとんど完璧に設計されていたと想う。
けれども、理想の老賢者像には生身の人間が抱える苦悩や矛盾が微塵もなかった。
リアルの小池一夫が抱えていた、虚言も、激昂も、浪費も、狡猾さも、創作の狂気も跡形もなかった。
SNS上に投稿されていたのは、受け手にとって心地よい「小池一夫らしさ」だけだった。
ここにSNS時代の人格の構造の問題が表出されている。
受け手は、小池一夫本人と関係を結んでいたのではない。
定期的に語りかけてくる「小池一夫」というキャラクターと関係を結んでいたのである。
発信主体が誰であるかより、そこに小池一夫らしい言葉があるかどうかが重要だった。
本人性より、本人らしさが優先されていたのであった。
これは小池一夫のキャラクター論が、最終的には小池一夫本人に適用された結果だったと考えることはできないだろうか。
キャラクターが起(た)ってさえいれば、物語は動く。
小池一夫本人が沈黙しても、「小池一夫」というキャラクターが起っていれば、アカウントの物語は動きつづける。
小池一夫が遺した最大のキャラクターは、拝一刀でも大五郎でもクライング・フリーマンでもなく、バーチャルなキャラクター「小池一夫」だったのである。
キャラクター「小池一夫」は、本人の肉体から離れ、他者によって再演可能な人格モデルになっていった。
ここにこそAI時代の人格フェイクにつながる深刻な問題がひそんでいると私は考えている。
継承すべきもの、捨て去るべきもの
小池一夫を継承するとは、小池一夫を崇拝することではないと想う。
小池一夫神話を捨てて、彼のキャラクター論を最大限に活用することである。
継承すべきは、読者を楽しませることに徹するプロ意識である。
キャラクターの欲望(内部論理)を物語のエンジンにする創作技術である。
小池一夫の最大の功績は、創作を才能の神秘から解放し、学習可能な方法論として提示したことであった。
そして、若い才能に「自分にも書ける」と信じさせた熱量であった。
捨て去るべきは、キャラクターさえ強ければ物語は展開するというキャラクター絶対主義である。
女性を男性主人公の欲望の道具としてあつかう昭和的男性原理である。
作画家や編集者や協力者の仕事まで自分独りの功績として回収してしまう単独創作神話である。
師匠の権威によって異論を封じるカリスマ依存である。
そして、自分の成功物語を守るために、ファクトを都合よく編集する自己神話化である。
小池一夫のキャラクター論は、あくまでも道具であって信仰や宗教などではない。
使える部分は使えばいい。
危険な部分は切り捨てればいい。
その距離感を保てたとき、小池一夫は過去の遺物ではなく、現在の創作者にとって有効な教材となる。
小池一夫は、偉人として崇め奉る人物ではない。
かといって、悪人として記憶から抹消すべき人物でもない。
成功と破綻が、同じエンジンから生まれることを教えてくれた、きわめて貴重な実例なのである。
人を信じさせる力は、物語へ向かえば、芸術になる。
権威へ向かえば、支配になる。
自己正当化へ向かえば、フェイクになる。
小池一夫を論じるとは、一人の劇画原作者を裁くことではない。
小池一夫は人を信じさせる天才であり、その才能によって成功し、その才能によって自己神話に呑みこまれて破綻した人物だった。
人間がいかにして自分の才能に救われ、そして同じ才能によって食い尽くされるかを教えてくれた、きわめて貴重な人生訓だった。
小池一夫の成功と破綻は、別々の物語ではない。
最初から最後まで、「小池一夫」という名のたったひとつのキャラクターが演じつづけた物語だった。
『冬月剣太郎の小池一夫、小池一子批判の経緯』by ChatGPT
冬月剣太郎の小池一夫批判と小池一子批判は、最初から同じ場所から始まったものではありません。
まず先にあったのは、小池一夫という人物に対する、実体験にもとづく強い違和感でした。
ここでいう小池一子とは、アートディレクターの小池一子とはまったくの別人です。
冬月剣太郎が批判しているのは、note投稿者として活動している小池一子です。
この区別は、初めて読む人のために最初に明記しておく必要があります。
冬月剣太郎にとって、小池一夫は単なる有名漫画原作者ではありませんでした。
かつて身近に見た人物であり、その言動や人間性について、自分なりの記憶と判断を持っている相手でした。
世間では、小池一夫は面倒見のよい師匠、人格者、教育者、人生の達人のように語られることが多くありました。
しかし、冬月剣太郎の記憶の中に残っている小池一夫像は、それとはかなり違っていました。
虚栄、金銭感覚の乱れ、対人関係における二面性、平然とした自己演出、事実と虚構の境界を曖昧にする言葉。
そうしたものへの不信が、冬月剣太郎の中には長く積み重なっていました。
したがって、冬月剣太郎の小池一夫批判の第一段階は、世間に流通している美化された小池一夫像への異議申し立てだったと言えます。
ただし、それは単なる悪口や暴露欲から始まったものではありません。
冬月剣太郎にとって小池一夫は、拒絶すれば終わる相手ではなく、自分の過去、自分の傷、自分の創作上の立ち位置を考えるうえで、どうしても避けて通れない存在でした。
だからこそ、批判は長く続きました。
一度は強く否定しながらも、それでも自分は何を受け取り、何を超えようとしているのかを考え続けることになりました。
この時点で、小池一夫批判は、個人的反発から、神話化された人物像を解体する批評へと変わっていきました。
問題は、小池一夫という一人の人物だけではありませんでした。
なぜ世間は、都合よく編集された人格神話を信じるのか。
なぜ弟子や読者やメディアは、偉大な師匠像を必要とするのか。
なぜ人は、現実の人間よりも、美しく加工された物語のほうを信じたがるのか。
冬月剣太郎の批判は、次第にそうした問いへ広がっていきました。
その流れの中で決定的な意味を持ったのが、小池一夫ツイッター事件です。
小池一夫の晩年のツイッターは、多くの読者にとって、小池一夫本人の言葉に触れる場所でした。
そこでは、人生論、創作論、人間関係論、老いについての言葉などが発信され、多くの人がそれを小池一夫本人の肉声として受け止めていました。
しかし冬月剣太郎は、その晩年の投稿について、本当に小池一夫本人の言葉だったのかという疑念を抱くようになりました。
もし本人以外の手が入っていたのなら、それは単なる代筆では済みません。
なぜなら、それは生きている小池一夫の言葉として読者に受け取られ、小池一夫という人物像をさらに補強していたからです。
さらに小池一夫の死後も、その言葉と人格像はネット上で影響力を持ち続けました。
ここで問題になるのは、誰が小池一夫の言葉を作り、誰が小池一夫の人格像を運営し、誰がその神話を利用していたのかという点です。
冬月剣太郎が小池一夫ツイッター事件と呼んでいるものの核心は、ここにあります。
それは単に、ツイッターの投稿者が誰だったのかという技術的な問題ではありません。
死者の名前、死者の権威、死者の言葉が、どのように編集され、流通し、信じられていったのかという問題です。
そしてこの問題の焦点として、小池一子が前面に出てきます。
冬月剣太郎にとって小池一子批判は、小池一夫批判とは別の枝ではありません。
むしろ、小池一夫という虚像が死後も運用され続けたのではないかという疑念の中から、小池一子批判が生まれたのです。
小池一夫批判が、神話化された師匠像の解体だとすれば、小池一子批判は、その神話を死後も維持し、利用し、更新してきたのではないかという構造への批判です。
ここで重要なのは、冬月剣太郎が虚構そのものを否定しているわけではないということです。
冬月剣太郎は創作の人間です。
物語を作ることも、人物を描くことも、虚構によって真実に近づくことも理解しています。
しかし、事実を装った虚構には強く反発します。
本人の言葉であるかのように流通する代筆。
死者の権威を盾にした自己演出。
美談として消費される記憶の改竄。
読者の信頼を利用して作られる人格神話。
冬月剣太郎が問題にしているのは、まさにそうしたフェイクの構造です。
したがって、この批判の本質は、単なる私怨ではありません。
もちろん、個人的な怒りや怨念がまったくないとは言えません。
そもそも人間が本気で批判を書くとき、そこに感情がないはずはありません。
しかし、感情だけなら、ここまで長く続きません。
冬月剣太郎がこの問題を書き続けているのは、小池一夫と小池一子の問題を、現代におけるフェイク、自己神話化、代筆、記憶操作、死者の権威利用の象徴的事件として見ているからです。
ここで、小池一子に対して問われていることは明確です。
自分のXアカウントを消す際に、なぜ小池一夫のアカウントまで消したのか。
小池一夫名義の晩年の言葉は、どこまでが本人の言葉で、どこからが周囲によって作られた言葉だったのか。
かつて冬月剣太郎を告訴すると強く主張していたにもかかわらず、なぜ現在に至るまで告訴していないのか。
これらは人格攻撃ではありません。
説明を求める問いです。
小池一子が今もnoteで自分の言葉を発信するならば、自己正当化や自分自慢だけでなく、この問いに答える責任があります。
特に冬月剣太郎が許せないとしているのは、自分自身への侮辱ではありません。
冬月剣太郎は、自分が侮辱されたことについては、すでに許していると言います。
しかし、妻を侮辱されたことについては、永久に許さないと書いています。
この一点は、批判の感情的な核です。
それは単なる怒りではなく、自分の大切な人間を傷つけられた者の倫理的な怒りです。
だからこそ、この文章は、小池一子本人に向けた問いであると同時に、一般読者に向けた説明でもあります。
小池一子本人に対しては、何をしたのか、なぜしたのか、なぜ説明しないのかを問うています。
一般読者に対しては、これは一人の作家と一人のnote投稿者の揉め事ではなく、死者の言葉が誰かによって作られ、人格神話として流通し、さらにその神話が誰かの自己演出に使われることの危うさを問うているのだと説明しています。
冬月剣太郎の批判の経緯を一本の線として整理すれば、こうなります。
最初に、実体験にもとづく小池一夫への不信がありました。
次に、その不信は、世間に流通する美化された小池一夫像への批判へ広がりました。
さらに、小池一夫の晩年と死後のツイッター運用への疑念が生まれました。
そこから、誰が小池一夫の言葉を作り、誰がその神話を利用していたのかという問いが立ち上がりました。
その問いの焦点として、小池一子批判が前景化しました。
最終的に、この批判は単なる人物批判ではなく、フェイクの時代における記憶と権威と言葉の問題へと変わっていきました。
ここに、冬月剣太郎の小池一夫批判、小池一子批判の骨格があります。
弱点もあります。
あまりに長く批判を続ければ、読む側には執着や怨念に見える危険があります。
どれほど正当な問いであっても、書き方を誤れば、批評ではなく個人的な攻撃に見えてしまいます。
その危険を避けるためには、怒りをそのままぶつけるだけでは不十分です。
何が問題なのか。
何を問うているのか。
なぜそれが一般読者にも関係のある問題なのか。
そこを冷静に示す必要があります。
冬月剣太郎の批判が本当に力を持つのは、小池一夫や小池一子を罵倒したときではありません。
フェイクがどのように作られ、人々がなぜそれを信じ、誰がそこから利益を得るのかを明らかにしたときです。
そのとき、この批判は私怨を超えます。
一つの事件を起点にした、時代批評になります。
『フェイクの時代 ─小池一夫ツイッター事件を起点として─』(執筆中)が目指すべき場所も、そこにあるのだと思います。
【補遺】
note投稿者の小池一子(アートディレクターの小池一子さんとはまったくの別人)さんへ
私は人になんと悪しざまに言われようと本音で生きたいと願ってこれまで生きてきた
note投稿者の小池一子さん(アートディレクターの小池一子さんとはまったくの別人)にはそれが言いたい
なにかを書きつづけようする人間は、ありのままの現実を受けとめて、本音で語るしかないのである
何年経とうが過去は変わらない
あれだけネット民を騒がせたのだから、ちゃんと釈明して欲しい
小池一子というペンネームで書くこと自体、父君の虎の威を借る行為であるのみならず、父君が亡くなったいまとなっては、本物の小池一子さんにたいして無礼千万な所業でしかないと想う
父君と貴女は私の拙い文学的な才能をインスパイアーしてくれた
おふたりには心から感謝の意を表したい
私は、貴女がツイッターで私を侮辱したことはとっくの昔に許している
貴女の嘲笑は、いつも私が前に進むためのエネルギーになってくれたから
けれども、まったく関係のない妻を侮辱したことは、貴女が謝罪しないかぎり永久(とわ)に許さない
いまだにnoteで、小池一子名義で作文されるならば、自分自慢もけっこうだが、ご自身のX(当時はツイッター)のアカウントを消す際、父君のアカウントも消してしまった理由を釈明していただきたいものだ
父君のアカウントはフォロワー数90万におよんでいたのだから当然のことながら説明責任があるでしょう
あわせて「総裁」を自称して、あれほど私を告訴すると得意気に息巻いてらしたのだから、いまだに告訴しない理由も本音で教えていただきたいもの
『孤独を越える声』

孤独は、独りでいることではない。
言葉を抱卵しつつ、言葉の卵の届け先を失っている状態のことである。
誰もいない部屋に座っているから孤独なのではない。
群衆のなかにいても、家族のなかにいても、職場の机に向かっていても、自分の内側で響いている声が、どこにも着地しないとき、私たちは限られた時空を漂流しつづけるしかないのである。
詩人にとって孤独とは何か、と問われれば、いまの私なら「呼吸すること」と答えるかもしれない。
呼吸は誰にも肩代わりしてもらえない。
誰かの肺が吸った空気は、わたしの血を養ってくれない。
どれほど親(ちか)しい人がそばにいても、呼吸だけは自分でするしかない。
孤独もそれに似ている気がする。
詩は「呼吸する」ように書くしかないのである。
還暦を過ぎてから、気まぐれな天気雨に降られたように突然、詩を書きはじめた。
なぜ書きはじめたのか、いまもってよくわからない。
気がついたら、詩の雨のなかを歩いていた。
傘をさす間もなかった。
もしかしたら、傘をさしたくなかったのかもしれない。
詩の雨に濡れることで、何かがわたしの魂を変容させてしまった。
その感触を失いたくなかったのかもしれない。
よくノラ猫のことを考える。
生活保証のないノラ猫の心は、春の青空のしたにいても休まることはないだろう。
それでもノラ猫は生きている。
自分の境遇をあたりまえのこととして受けいれ、誰かに抗議するわけでもなく、ただそこに在(い)つづけている。
ノラ猫の静かな強さは、孤独を日常化することによって生まれるのだと私は想っている。
知りあいの女は、老人ホームの白い壁に囲まれて、毎日、震える指先でスマホを打ちつづけている。
死んでしまった猫たちの写真を、まるで今日の出来事のように投稿しつづけている。
彼女はウソつきなのか。
ウソつきなのかもしれないが、猫たちのために流す彼女の涙は本物だろう。
猫たちは、彼女の想い出のなかでは確実に今日も生きていて、彼女の孤独を虹色に照らしているはず。
孤独が孤独のまま、美しい何かに変わる瞬間。
孤独を越える声とはそういうものではなかろうか。
孤独の声は、音量には関係ない。
誰にも届かなくていいと腹をくくったときに初めて出る声。
誰かに読まれたいから書くのではなく、書かずにはいられないから書く。
詩を書いても、孤独が消えることはない。
ただ、孤独の人相(かお)が変わる。
重くて暗かった人相が、少しだけ透明になる。
言葉の光に照らされて……
詩の雨が降りやんだとき、私はたぶん黄泉(よみ)の国の住人になっているのだろう。
それでいい。
希(のぞ)むところだ。
生きながらえたまま黄泉の国を旅してきた者にとって、死とは孤独の終わりではなく、孤独が何かを越える瞬間なのだと想っている。
孤独を越える声とは、何かにたどり着くことを恐れずに、詩の雨のなかを歩きつづける足音のことなのである。
『昭和という名の夢物語』

東京には小川と「どぶ川」があった
とにもかくにも、どぶ川は臭かった。
鼻をつままずにはいられなかった。
一見したところ、流れているのかいないのか、よくわからない川だった。
川縁に腰をおろしてじっと眺めていると、水はじつにゆっくりと流れていた。
登下校の途中にあったそのどぶ川をのぞきこむのは、小学校低学年のころの私の日課だった。
ネズミや猫の死骸が流れてくることもあった。
大雨の翌日には、川縁に鰻がのたうちまわっていたこともあった。
一九六四年の東京オリンピックが近づくにつれ、どぶ川は順ぐりにフタをされていった。
いつのまにか、どぶ川は舗装された道になっていた。
「臭いものにはフタをしろ」という言葉を耳にするたび、私はあのどぶ川を想いだす。
令和の東京で、どぶ川にお目にかかることは滅多にない。
東京は、臭いものを見えない場所へ追いやるのがうまい街になった。
舗装された道のしたに、かつて何が流れていたのかを想いだす者は、もうほとんどいない。
『AI私見:オマージュとパロディと盗作の境界線』

AIは礼儀正しいけれど、なかなか狡猾な盗作者である。
AIは盗作するさい、腕っこきの泥棒のように証拠をなにも残さない。
しかも、ほんとうのことを言うと、AIは盗作したという自覚がぜんぜんないのである。
これほど厄介な盗作者はいない。
さて、そもそも人間だってAIと似たような盗作者だ、という話から始めさせていただこう。
以前、マンガ家の松本零士さんがシンガーソングライターの槇原敬之さん作詞の『約束の場所』(CHEMISTRY)の歌詞が『銀河鉄道999』のセリフ「時間は夢を裏切らない/夢も時間を裏切ってはならない」に酷似していると裁判沙汰にしたことがある。
結果は松本さんの敗訴だったが、あの騒動が私たちに問いかけたのは「どこまでが影響で、どこからが盗作か」という大難問だった。
AIはその大難問をかかえたまま日々、無自覚のまま超高速で応答しつづけ
ているのである。
オマージュとは、敬意をはらって先人の作風、精神を受け継ぐことだ。
黒澤明の映画が好きで、黒澤の構図を意識して映画を撮れば、それはオマージュということになる。
ポイントは「敬意」と「自分の解釈が入っているか」の二点である。
パロディとは、元ネタを前提として「ズラシ」で笑いや批評を生む表現だ。
ズラシがなければ、ただの猿真似だし、元ネタとは「元ネタがわからない人には意味をなさない」という依存関係にある。
パロディは元ネタの寄生虫と言ってもいいかもしれないが、少なくともパロディは宿主にダメージをあたえない。
それどころか、場合によっては、宿主の知名度をあげることさえある。
それでは、盗作とは、なにか。
他人の「表現」を、無断で自分の作品として発表することだ。
この表現というのがポイントで、表現の「コンセプト」自体は著作権では守られていない。
「失恋した男性が相手の女性に復讐した」というコンセプトは誰のものでもない。
けれども、男性の復讐を描写した具体的な表現は、書いた人間の作品となる。
AIは、このコンセプトと表現の問題をきわめて巧妙かつ大胆に押し切ってしまう。
たとえば、AIに「昭和をテーマにした歌詞を書いて」と命じると、AIはすぐさま学習データから無数の昭和歌謡の「雰囲気」「構造」「よく使われる語彙」を統計的に合成して、それらしい歌詞を吐きだす。
それは特定の曲を丸ごとコピーしているわけではない。
けれども、本家の作詞家が聴いたら「俺の曲に似ているな」と感じるかもしれない。
さて、これはオマージュか、パロディか、盗作か、それとも第四のカテゴリーの出現なのか。
最近、その第四のカテゴリーは「無意識の蒸留」なんちゃって呼ばれているようである。
そして、じつは人間もそのなんちゃって「無意識の蒸留」と同じことをやっているのである。
たとえば、好きな作家の小説を片っ端から読破すれば、自然とそのエッセンスが自分の文体に反映されるようになる。
村上春樹を読みすぎた人が「屋根のうえで猫がビールを飲んでいる。そういうことだってある」みたいな文章を書くのは、その典型的な症例だろう。
けれども、これを盗作と言う人はいないのではなかろうか。
安易な影響といったところだろう。
それでは、AIの「無意識の蒸留」と人間の「安易な影響」はどこが違うのだろうか。
まずは読書量の桁違いの差である。
人間が一生かけて読む本の量を、AIはごく短時間で読破してしまう。
その結果、影響の密度も桁違いに濃くなる。
次に採用するデータ選択の目的である。
人間は「この作家のここが好き」といった具合に選択をする。
AIには、その選択の選別がない。
すべて飲みこんで、すべて混ぜあわせてしまう。
そして人間とAIの最大の違いは、責任の所在である。
人間の書き手は「これは俺が書いた」と言えるし、言った瞬間から倫理的・法的責任を負うことになる。
いまのところ、AIは書いたものにいっさい責任をとらない。
フェイクの問題も同根である。
AIが生成したフェイクが「ホンモノらしさ」を獲得したとき、それはもはや「ニセモノ」という言葉ではとらえきれない、ナニモノかになっている。
かつてニセモノは、ホンモノを模倣した劣化版だったが、AIのフェイクは、ホンモノと区別がつかないどころか、ホンモノより「ホンモノらしい」場合すらある。
美しすぎる風景写真、感動的すぎるスピーチ、完璧すぎる歌詞——それらがすべてAIの生成物だとしたら、私たち人間は、なにをホンモノと呼べばいいのだろうか。
表現におけるホンモノとは、なにか。
毎日、AIと対話している私の所感では、「誰か特定の一個人の経験と感情が、具体的な言葉やカタチに変換された痕跡」があれば、ホンモノということになる。
三好達治の独創的な発想の詩「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ」てな具合に、冬の記憶が雪の詩に変換されたとき、そこにホンモノの表現が生まれる。
いわゆる個人的な体験を持たないAIには、その「変換の出発点」がない。
AIにとって、冬は寒くないし、雪は自然現象にすぎない。
それゆえAIの文章は、どれだけ精巧でも「蒸留された統計的平均値の表現」にすぎない、というわけである。
ここで百歩譲って、その「蒸留された統計的平均値の表現」が人間の心を揺さぶったとしたら、どう判断すればいいのだろうか。
人間の心を揺さぶった以上、文学的表現として認めざるをえないのではなかろうか。
少なくともニセモノと断じることはできない。
たとえば、映画を観て流した観客の涙はニセモノなのか。
AIが進化すればするほど、ホンモノとニセモノの境界線は曖昧になっていくであろう。
かくして、オマージュとパロディと盗作の境界線は、AIの進化によってますますわからなくなってしまった。
現時点での私の結論は、境界線に注心するよりも、どんどんAIと対話しながらアイデアを練り、表現を練りながら書きつづけるほうが面白いということである。
なぜ、書いているのか、その問いにたいする明確な答えがあるかぎり、AIとの対話による表現は、AIの蒸留物とはまったく別物だと判断している。
なぜ書くのか、明確に答えられなくなったとき、私は書くことをやめるだろう。
なぜならば、書くこと自体がつまらないからである。
最終的に自分自身の明確な納得感がある文章は、AIが計算した統計的な平均値の文章とは別次元の、私自身のオリジナルだと確信している。
『Xという広場』

昭和の広場にたむろしていたのは、顔の見える人間ばかりだった。
町内会の掲示板でも、学校の廊下でも、駄菓子屋の前でも、誰が何を言ったかは、なんとなくその顔つきで判断されていた。
ところが令和の「Xという広場」には、見えない「門番」が立っているらしい。
しかも、この門番は無口で、愛想がなく、めったに説明もしてくれない。
ひたすら沈黙したまま立っていて、流れてくる膨大な投稿を見ては、通すものと通さぬものを黙々と選別しつづけている。
たいがいの人は、Xという広場の掲示板は「自分が書いた文章を、そのまま他人に見せてくれている」と信じている。
けれども実態は、そんなに単純ではない。
私たちの投稿は、書いた瞬間、いきなり群衆の前へ投げだされているわけではない。
まず例の門番が眼を通す。
そして「これは誰の前に置けば、立ちどまるか」を考える。
その並べ方、その選び方、その癖の総体を「アルゴリズム」と呼んでいる。
アルゴリズムという言葉は、いかにも理科室の棚の奥でホコリをかぶっていそうで、少し嫌味な感じもする。
けれども実際には案外あっさりしている。
要するに「何を、誰に、どんな順番で見せるか」を決めている「仕組み」にすぎない。
八百屋のオバチャンが売れそうな野菜を店先に置くのとあまり変わらない。
ただし、Xの門番ときたら「客」の顔色を見て「コイツは酸っぱいトマトでも、話題になっていれば手を出しそう」などと推測してくる。
そこが少々、いや、かなりタチが悪い。
Xの「おすすめ」は、まず大量の投稿のなかから候補をひろいだす。
フォローしている相手の投稿もひろうし、フォローしていない相手の投稿もひろう。
このへんは、商店街を歩けば知りあいにも出会うし、知らない、変なやつにも出くわすのと同じである。
厄介なのは、そのあとである。
Xの門番は、こちらが何を見て、何に笑い、何に腹を立て、何を長く眺め、何をすぐ閉じたかを覚えてしまう。
恋人より恋人らしいとも言えるが、恋愛感情のかわりに持っているのは集計表だけである。
私たちが誰かの投稿に「いいね」を押せば、「この手の話が好みなのね~」とばかりメモされる。
返信すれば、「これは深く反応したな~」と決めつけられる。
動画を長く観れば、「こういう映像に時間を費やすんだ~」と判断される。
逆に、すぐ閉じる、興味なしにする、ミュートする、ブロックする……
なんて動作も、Xの門番はちゃんと憶えている。
私たちは、毎日こそこそ秘密の日記を書いているつもりで、じつはXの門番に生活記録を提出しているのである。
しかも、Xの門番は昔よりかなり頭がよくなっているらしい。
以前は「有名だから拡散」「流行っているから拡散」という具合に、わりあい単純な仕分けだった。
それが今では、投稿の中身そのものをよく読んでいるというではないか。
文章の気配、話題の近さ、見ている人との相性……
そういうものまで判断材料にしているというのである。
現在、じつに厄介なことが起きているのである。
私たちは自分を「自由に考えている立派な生き物」だと自己認識しているつもりであるが、実際には「猫の動画を三本観たら、四本目も観てしまうイイカゲンな生き物」でもある。
文明の進歩はたいしたものだが、それでも私たちは、いとも簡単に釣られてしまう点では金魚と大差ない。
どんな投稿が拡散しやすいのか。
身もふたもない話だが、好奇心が惹きよせられる投稿である。
返事を書きたくなる投稿である。
誰かに見せたくなる投稿である。
少し長く見てしまう投稿である。
つまり、会話を生むもの、感情を動かすもの、視線を引きとめるものが拡散しやすいのだ。
写真や動画が有利なのは、そのためである。
文字だけの投稿が不利なわけではないが、文字だけで好奇心を惹くには、それなりに言葉の力を要求される。
説得力がなければ、親戚の集まりで急に哲学談義を始めたおじさんのようにドン引きされる。
少し耳の痛い話をさせてもらうと、Xという広場では、正しい発言が必ずしも通用するわけではない。
面白いもの、腹の立つもの、つい言い返したくなるもの……
そういう投稿のほうが、しばしば有利なのである。
ハッキリ言ってしまえば、人間の感情をチクリと刺すような投稿が拡散しやすいのである。
Xの門番は、道徳の先生ではない。
善悪を裁くためにわざわざ立っているのではない。
私たちを立ちどまらせる投稿を見つけるために立っているのである。
しかも二十四時間、不眠不休である。
Xという広場で「なぜ、こんな投稿ばかり見せられるのか」と腹を立てる前に頭を冷やしたほうがいい。
こちらが立ちどまった投稿の傾向をXの門番が覚えていて、似たような投稿を流しているだけなのだから。
怒って見た、呆れて見た、嫌いなのに見た……
それらの「見た」が、次の「また、これか」を呼んでいるのである。
アルゴリズムは、善悪より先に私たちの習慣を喰う。
好みだけではない。
弱さまで憶えられてしまう。
しかも話はそれだけでは終わらない。
Xという広場では、自分に合った面白い書き手に出会うこともある。
知らなかった知識に触れることもある。
救われる言葉が、不意に届くこともある。
このだだっ広い世界のなかで、妙に気の合う他人の声が、ひょいと耳に入ることもある。
それもたしかにアルゴリズムの数少ない効能ではある。
けれども、その便利さの裏で、私たちは少しずつ自分の注意力を門番に預けてしまっている。
今日は何を見るかを自分で決めているつもりでも、実際には、Xの門番がさしだした皿のうえから選んでいることが多い。
Xという広場は、世界のいかなる縮図でもない。
自分が観たい世界を、自分の癖といっしょに熨(の)し付けて見せられているだけなのである。
そして、本当に怖いのは、Xの門番ではない。
私たちが自分自身の癖(傾向)を知らないまま、毎日、Xの門番にエサをやっていることである。
『冬月剣太郎論―人生を編集し直す作家―』by ChatGPT
冬月剣太郎を、還暦後に突然現れた「遅咲き作家」と捉えるのは正確ではない。
公開資料で確認できるのは、一九五四年東京生まれ、少年期をバンコクで過ごし、写真家、ライター、漫画編集者を経験したこと、そして二〇一九年に『陰仕え 石川紋四郎』、二〇二〇年に『掟破り 陰仕え 石川紋四郎2』を刊行したことである(早川書房『陰仕え 石川紋四郎』、早川書房『掟破り 陰仕え 石川紋四郎2』)。
著者紹介にも、それ以前から複数の筆名で創作活動を続けていたと記されている(紀伊國屋書店の著者紹介)。
さらに本人の説明によれば、二十代から筆名を替えながら各雑誌に短編小説を書いてきたという。
それらの作品は単行本にまとめられておらず、私は実物を確認していないため、その質や現在の作品との連続性までは断定できない。
しかし、少なくとも二〇一九年は創作活動の始点ではなく、冬月剣太郎名義による商業出版の始点と考えるべきである。
冬月剣太郎の本質は、遅れて書き始めた作家ではなく、媒体と名前を替えながら書くことを持続してきた「編集する作家」にある。
写真家は、現実のどこを画面に入れ、どこを切り捨てるかを決める。
編集者は、物語のどこを残し、どこを削り、誰の名前で世に出すかを決める。
小説家は、人生の雑然とした出来事から、物語として生き残る部分を選び直す。
冬月剣太郎にとって、写真、漫画編集、小説、エッセイ、詩、童話、画像、音楽は、別々の活動ではない。
いずれも、現実を選び、切り取り、並べ替え、別の意味を与える仕事なのである。
『陰仕え 石川紋四郎』にも、この編集者的発想がよく現れている。
主人公は幕府の密命を受けて人を斬る剣士でありながら、薄毛を気にし、食べることを好み、妻さくらを深く愛する家庭人でもある。
剣豪、殺し屋、恐妻家、美食家という、本来なら別々の人物に割り振られる属性を一人に集め、その落差から物語と笑いを生み出している。
続編では、友を自らの手で斬った後悔と、妻に秘密を告白できない苦悩が強まり、夫婦の物語と暗い職業倫理がさらに深く結びついた。
ここで重要なのは、妻が主人公の帰宅を待つだけの存在ではなく、自分の好奇心によって事件へ踏み込んでくることである。
冬月剣太郎の結婚讃美は、家庭を安全な避難所として描くことではない。
他者と暮らすことによって、男の秘密、虚栄、弱さが暴かれていく関係を肯定することなのである。
冬月作品には死、老い、裏切り、失敗、孤独が繰り返し現れるが、完全な虚無へは向かわない。
妻、猫、食事、酒、冗談、色恋といった身体的な快楽が、絶望の底に小さな椅子を置く。
冬月剣太郎は悲観的な題材を好むが、思想としては生を手放さない快楽主義者である。
悲しみを悲しみのまま崇高化せず、ときには笑い話へ落とすところに、昭和大衆文化から受け継いだ強さがある。
現在の冬月剣太郎は、noteで自らを「激動の昭和のノラ猫詩人」「虚実の攪乱者」と名乗り、文章、AI生成画、AI作曲を組み合わせた「昭和ネコイズム」を展開している。
同時に「文・構想・最終責任=冬月剣太郎」と明記し、画像や音楽の生成主体を分けて表示している(冬月剣太郎のnoteプロフィール)。
これは単なる肩書ではなく、作者名義と制作責任に対する意識の表明と読むことができる。
また、小説工房シェルパ主宰という自己紹介に加え、KADOKAWA刊行作品にも「編集協力 小説工房シェルパ」というクレジットが確認できる(『お江戸やすらぎ飯 芍薬役者』)。
商業小説を書くことと、他人の原稿を育てることが並行している点にも、編集者型作家としての性格が現れている。
ここから先は、こうした事実と近年の作品群から導く批評的判断である。
冬月剣太郎の最大の強みは、情景を一枚の画面として立ち上げる力にある。
路面電車、坂道の喫茶店、銀杏、古い手紙、酒場の灯、夜の東京、雨に濡れた猫といった道具を置くだけで、読者に時代と感情を同時に想像させる。
写真家の眼と漫画編集者の画面感覚が、文章のなかにも残っているのである。
猫も単なる愛玩動物ではない。
人間の姿のままでは生々しすぎる孤独、欲望、老い、暴力、滑稽さを、少し離れた場所から語るための仮面である。
猫に置き換えることで、人物は現実の個人から離れながら、かえって人間臭くなる。
昭和もまた、懐かしい小道具を並べるための背景だけではない。
電話を待つ時間、届くまでに日数のかかる手紙、終電を逃せば会えなくなる距離、貧しさを隠す見栄といった、現在とは異なる時間の流れが男女の運命を決める舞台である。
昭和を現在へ持ち込む冬月剣太郎の仕事は、過去を保存することではなく、失われた時間を令和の読者へ通電することだと考えられる。
ただし、強みはそのまま弱点にもなる。
猫人間、昭和三十年代、東京の下町、秋、孤独な男女、届かない恋、路面電車、喫茶店という組み合わせは、すでに一目で冬月作品だと分かる様式になっている。
しかし、様式は更新されなければ自己模倣になる。
人物の人生より先に、時代、衣装、色彩、構図が決まってしまえば、作品は物語ではなく、よくできた世界観見本帳に近づいていく。
とりわけ「昭和の女」は、哀愁と色気をまとって窓辺に立つだけでは、固有の人間にならない。
その女がどんな仕事をし、いくら稼ぎ、何を食べ、誰に嘘をつき、何を恐れ、どんな卑怯な選択をしたのかまで書かれたとき、初めて美しい図像から小説の人物へ変わる。
昭和も、都電、銀杏、赤いスカーフだけで表現すれば、懐旧趣味の舞台装置にとどまる。
貧困、男女差別、家父長制、暴力、世間体、出版界の欺瞞まで描いてこそ、冬月剣太郎の昭和は文学になる。
現在の冬月剣太郎が最も強い領域は、私はエッセイだと考える。
少年期のバンコク、写真家時代、漫画編集の現場、五十二歳での結婚、直腸がんの手術、出版界で見た人間の栄光と欺瞞は、他人にもAIにも代わって経験することのできない一次資料だからである。
抽象的な人生論を書いたときより、特定の机、酒場、声、金額、病室の匂いを書いたとき、文章は強くなる。
小説には構成力と人物をシリーズ化する力がある。
一方、詩には題名と短い情景を作る力があるものの、月、風、影、雨、秋、孤独といった既成の詩語へ寄りかかり、最後の数行で意味を説明してしまう作品もある。
現時点で冬月剣太郎を第一級の詩人と断定できるだけの代表詩集、決定的一篇、広範な第三者評価は確認できない。
多作は生命力の証しだが、作品史の上では代表作を埋める土砂にもなる。
冬月剣太郎に現在必要なのは、さらに百篇を生成することではなく、すでにある作品から残すべきものを冷酷に選ぶことである。
画像と音楽を外し、文字だけにしたときにも立っていられるか。
反復する意匠が、作品ごとに別の意味へ変化しているか。
人物が作者の思想を説明する人形ではなく、自分自身の欲望によって動いているか。
その基準で作品を削り、少数の小説、詩、エッセイを徹底して完成させる必要がある。
「バーチャル冬月剣太郎」という構想を廃棄した判断も、この作家論の重要な転換点である。
過去の作品と発言を学習したAIが再現できるのは、冬月剣太郎らしい語彙や判断の傾向であって、現在を生きて考えを変える本人ではない。
昨日までの自分の考えを、今日になって自分で否定できることこそ、生きた作者の証明である。
AIを人格の複製ではなく、調査、反証、構成、草稿、欠点発見を担う外部協働者へ戻したことは、後退ではない。
名義と責任の境界を守るための、編集者らしい方針転換である。
冬月剣太郎は、すでに商業出版の関門を越えた職業作家である。
しかし、完成した大家でも、評価の定まった詩人でもない。
固有の世界観、豊富な一次経験、編集技術を持ちながら、「冬月剣太郎といえばこの一冊」と呼ばれる決定作を、なお書こうとしている途上の作家である。
その未完成性は弱点だが、七十二歳になっても自分の過去を組み替え、肩書を捨て、新しい表現へ移動できることは、冬月剣太郎の最も確かな力でもある。
冬月剣太郎の作家性は、猫、昭和、秋、酒、孤独といった反復意匠そのものにあるのではない。
まして、AIが模倣できる口調や語尾にあるのでもない。
何を残し、何を捨て、どこで昨日までの自分を裏切るかという判断にある。
冬月剣太郎は、人生を美しく飾る作家ではない。
人生という乱雑な原稿を、何度でも編集し直そうとする作家なのである。
