【映画】「ヒンド・ラジャブの声」感想・レビュー・解説

とんでもない世界観だった。あまりにも酷い。自分が、本作で描かれているのと同じ時代を生きているとは、ちょっと想像できないぐらいだ。本作の予告は何度も観たし、観る度に圧倒された。そしてもちろん、本作を観終えた今は、そのあまりのあまりさに打ち震えている。

本作で描かれているのは、「世界で最も遠い8分」である。本作は実話を元にしているだけではなく、ヒンド・ラジャブの声はすべて実際の音声だそうだ。日本人はほぼ、日本語訳された字幕を見ての鑑賞だろうが、言葉(英語じゃなかったと思う)がわかる人ならきっと、より強く衝撃を受けることだろう。

本作で描かれる出来事が起こったのは、2024年1月29日のことである。舞台となるのは、ヨルダン川西岸地区のラマッラーにある赤新月社(イスラム教圏における赤十字のような存在)だ。ガザ地区からは84キロ離れている。

その少し前、ガザ地区のテル・アル=ハワに、イスラエル軍からの避難命令が出た。そして、赤新月社のオマールの元にドイツから電話があった。親族がテル・アル=ハワのガソリンスタンド近くで銃撃を受けた、と。銃撃は13時頃だったようだが、オマールが電話を受けたのは14時半頃。既に1時間半近くが経過していた。

ドイツの親族から電話番号が送られてきたので掛けてみると、女の子が出た。オマールが色々質問しても、要領を得ない答えばかり返ってくる。ただ、状況が逼迫していることは伝わった。彼女は今車の中に隠れていて、時折銃撃を受けているというのだ。電話越しに、銃声が聞こえる。

オマールはさっそく、救助の調整を行うマフディに救急車の手配を依頼する。彼らの救急チームは既に、ガザ地区には1つしか残っていないのだが、そんな彼らがたまたま、ガソリンスタンドまで車で8分の距離のところで待機していた。良かった、すぐに助けに行ける……。

とはならなかった。この場所に救急車を向かわせるには、調整が必要だからだ。イスラエル軍の許可を得てから向かわなければ、たとえ救急車であっても銃撃の対象となる。安全なルートを確保しなければならないのだ。

しかし、その手順は煩雑にすぎる。彼らはまず赤十字に連絡をする。そして赤十字がイスラエル軍の機関であるCOGAT(占領地域での活動をサポートする組織)に連絡を取るのだ。そこがイスラエル軍と調整をし、安全なルートが確定したら、今度は逆向きに連絡が戻ってくるのだ。

しかも、安全なルートを確保しただけでは終わらない。さらに救急車を出動させるための許可を別途取らなければならないのだ。

ヒンド・ラジャブ・ハマダと名乗った6歳の少女は、「はやくむかえにきて」と何度も繰り返す。オマールは、そんな少女とのやり取りの合間にマフディに掛け合い、「たった8分だ。それに彼らは救出のプロだ。許可なんか持ってないで行かせろよ!」とブチギレる。しかし、マフディにも引けない理由がある。それをオマールに思い出させるために、彼は壁に貼られた殉職者の顔写真を指さす。マフディは、「ここに1枚でも新たな写真が追加されたら、この仕事を辞める」という覚悟で仕事をしているのだ。

こうして、たった8分の距離にいる少女を救うために、オマールや同僚のラナは、ヒンドと何時間も会話を続ける。通話は時折切れ、生死が判然としなくなる。また、思い出したように銃声が聞こえてくる。少女はまだ生きている。ただ、いくら待っても、誰も助けに行くことが出来ない……。

というような話です。

とにかく臨場感が凄まじかった。ドキュメンタリー映画ではないと分かっていても、「その時その場にカメラがあって、その実際を映していたんじゃないか」と錯覚させられるような濃密さがあって、圧倒されっぱなしだった。あまりにもイカれ狂った世界の中で、それぞれが自分の最善を尽くそうと努力している。しかしそれでも、状況は遅々として好転しない。そんなジリジリとした時間を一緒に体験しているような実感がもたらされるような作品で、とにかく衝撃的だった。

ヒンド・ラジャブを取り巻く状況はとにかく最悪だ。詳細には触れないが、「どうやら本人は五体満足らしい」ということ以外、どこをどう切り取っても良い要素は見つけられない。どころか、どんどん悪化していくのだ。唯一の希望は、オマールらが語りかける電話だけであり、しかしそんな彼らにしても、出来ることは「赤十字からの連絡を待つ」ぐらいなのだ。

あまりにも絶望的すぎる。そんな世界が存在していいはずがないだろう。

作品の核となるのはもちろん、ヒンド・ラジャブとの会話なのだが、それに加えて、オマールとマフディの対立も挙げられるだろう。彼らはお互いに「正義」を主張し、そしてそれが真っ向から食い違っているため、ほぼずっと対立状態にあると言っていい。

最初に電話を受けたオマールは、直接少女とやり取りしていることもあり、「どんな手段を使ってでも助けるべきだ」と主張する。しかも、彼らの救急隊がたまたま、少女からたった8分の距離のところにいるのだ。仮に慎重に歩いたとしても1時間。オマールは、行けない距離じゃないと考える。オマールは、待機している救急隊員と運転手の2人を知っており、自身のスマホで直接連絡を取る。そして、マフディに隠れて彼らを少女のところまで向かわせようとするのだ。

もちろん、それに気づいたマフディは電話を取り上げる。そして、勝手な真似はするなと怒鳴るのだ。

マフディも当然、少女を助けたいと思っている。しかし、そう簡単には決断できない。彼が安全を確保してくれたと信じて、救急隊は現場へと向かうからだ。彼は少女を絶対に助けたいと思うのと同時に、隊員を絶対に死なせたくないと考えている。当然だ。彼らはヨルダン川西岸地区にいて、ガザ地区は遠い。自分たちが動いてどうにかなる状況ではないのだ。だから待つ。彼には、待つことしか出来ない。

どちらも正義のために動いていることは間違いない。観客としてはやはりオマールの言っていることに賛同したくなるが、しかしマフディは「もう2ヶ月も家に帰っていない」と言っていた。イスラエル軍との調整がいかに厄介で時間の掛かるものなのか、このセリフでなんとなく伝わるだろう。

もちろんそんなことはオマールだって理解しているはずだろう。しかしそれでも、絶望的な状況で助けを求める6歳の少女の声は、”訓練”(それがどんなものかは知らないが)を受けたオペレーターの心をかき乱す。

本作のような「正義が対立する」みたいな状況の場合、「選択肢が複数存在する」というパターンの方が多いように思う。採り得る選択肢はいくつかあり、そのどれが最善なのか分からない、みたいな状況において葛藤が描かれることが多いだろう。しかし本作は逆だ。彼らには、選択肢はほぼ存在しなかった。もちろん、「死ぬほど時間を掛けて調整を行う」というのが、一応の唯一の選択肢なわけだが、それでは少女を助けられない可能性が高い。また、オマールが言うように「たった8分の距離なんだから調整なんかせずに生かせる」というのも選択肢と呼べるのかもしれないが、やはり「隊員の命を圧倒的に危険に晒す」という意味では許容しがたいだろう。

だから彼らは、「まともな選択肢がほぼ存在しない」という状況において正義をぶつけ合っているのだ。問題の本質は「まともな選択肢がほぼ存在しない」ことであり、その原因はイスラエル軍にあるわけだから、彼らには解決不能だ。それでも、彼ら以外に状況を打開できる存在もいない。

まさに八方塞がりと言っていいだろう。

だから少女との会話でも、オペレーターたちは気休めすら言えない。恐らく「状況が確定していない段階では『絶対に助けに行く』みたいなことは言うな」みたいなルールが存在するのだろう、オマールやラナは、銃撃を受け不安がっている6歳の少女に「絶対に助ける」みたいなことは言わない。僕は正直、「助けられるか、死ぬか」しか結末はないのだから、「仮にそれが嘘になってしまったとしても、その時には当人は死んでるんだから、気休めだとしても勇気づけるようなことを言ったらいいんじゃないか?」とか思うのだが、まあたぶん、後で訴訟を起こされた場合など色んなケースを想定しているのだろう。きっと彼らにしても「絶対に助けに行く」みたいなことを言いたかったはずだが、そういうことを言ってはいけないという足かせを嵌められていたのだとしたら、余計しんどかっただろうなと思う。

印象的だった会話がある。ラナが少女から「だんなさんにいってむかえにきてよ」みたいな話をするのだ。ラナの夫に車を出してもらって、ここまで迎えに来て、というわけだ。ラナはもちろん、そんなこと出来るわけがないと思っているのだが(そもそも夫がいるのかも分からないが)、「連絡を取ってみるね」「今ちょっと遠くにいて行けないんだ」みたいに応じる。そんな風に答える度にラナは、自分の無力さを突きつけられているように感じただろうし、心が削られていっただろうなと思う。ホント、観ているこっちもしんどかった。

ヒンド・ラジャブの声は、絶望的な状況にいる中でも割と理性を保っているような感じがして、なんかそのこともとても辛く感じられた。オマールは彼女が小学校に通っていると思って「何年生?」と聞くのだが、彼女は「ちょうちょ」と答える。どうも、まだ幼稚園生のようなのだ。にも拘らず、どこの誰とも分からない人に泣き叫ぶでもなく窮状を訴え、「むかえにきて」と何度も繰り返し、どうにか助かろうと言葉を発し続けた。本作にはもちろん、ヒンド・ラジャブの姿は一度も映らないが(恐らく実際のものだろう、彼女の写真は映し出される)、彼女が銃弾だらけの車内で必死に電話を握りしめている姿を想像すると、やりきれない想いでいっぱいになる。

こんなクソみたいな世界はもう、終わっていいだろ。もう核戦争でもなんでもして地球を終わらせよう。そんな気分にもさせられる。

マフディがとても衝撃的なことを口にしていた。

【イスラエル軍は赤外線で見てるだろうし、熱源があると分かってて銃撃してる。きっと、通話だって聞いてるだろう。】

イスラエル軍は、車内に少女が残っていることが分かっていて銃撃を続けているというわけだ。まあ、そりゃあそうなんだろうが、改めて言葉にしてそう指摘されると「うっ」っとなる。現場の兵士も命令に従っているだけなんだろうが、しかし、「同じ人間がそんなことをしていいのか?」と思う。「戦争とはそういうものだ」というのなら、やっぱり、そんな戦争は全力で無くさなきゃダメだろう。

世界はとても絶望的だ。僕らは、こんな世界と地続きで生きている。世界は果てしなくイカれているし、そういう状況を知らなかったり変えようとしなかったりする僕らも、そんな世界の存続に加担している。そういう絶望を感じるために、全人類が本作を観るべきだろう。


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