【映画】「ルックバック(実写)」感想・レビュー・解説

『ルックバック』については、マンガは読んでいないが、アニメ映画は観た。アニメ映画は58分だったらしいが、実写版は99分。1.5倍強といったところか。ストーリー的にはほぼ同じ(特段追加されたような部分はなかった)と思うので、テンポやら余白やらなんやら色んな部分で差が出てるんだろう。実写版が間延びしていたみたいな印象は別になかったし、良かったと思う。

ストーリー的にはアニメとほぼ同じなので改めて書くようなことはあまりないのだが、やはり、「情熱を注げるようなものに出会えたこと」への羨ましさは強く感じさせられた。

主人公の藤野と京本は、小学生の頃からマンガを描いている。藤野はスポーツも出来るクラスの人気者で、学級新聞に4コマ漫画を連載中だ。みんなから褒められて良い気になっているが、ある時担任の教師から「不登校の京本にも1枠分けてあげてくれ」と言われる。学校には来ないが、マンガを描いているのだそうだ。

そして京本のマンガを見た藤野は驚愕し、そしてその日から本屋で画力向上のための本を買い漁り、ひたすら絵の練習に務める。クラスメートから「最近藤野ちゃんが遊んでくれない」と言われるぐらいに。家でもあらゆることを放り投げて、ひたすらマンガの練習ばかりしている。

のだが、6年生になったある時、配られた学級新聞の京本の4コマ漫画を見て、藤野はスパッとマンガを描くのを止めてしまう。母親に、今まで買った本や描きためたスケッチブックを捨ててくれと言うほどだ。

そうして卒業の日を迎えた。京本は担任から、京本に卒業証書を持っていってくれと頼まれる。渋々引き受けた藤野は、誰も出てこない家の玄関に卒業証書を置いて帰ろうとしたのだが、その後姿を京本が追いかけてきた。

私、藤野先生のファンです。サイン下さい!

京本にそう言われた藤野はまたむくむくとやる気を取り戻し、やがて2人は、持ち込みのためのマンガを共作するようになる……。

アニメ映画でも、あるいは実写版の予告編でももちろん本編でも、とにかく『ルックバック』では「椅子に座ってマンガを描いている後ろ姿」が多く映し出される。なんとなく、タイトルの「ルックバック」を想起させるような描写でもある。とにかく描いて描いて描いて描きまくるのだ。

ちなみに、本作の撮影に際しては、役者には「マンガを描く宿題」が多く出されたというエピソードを耳にした記憶がある。たぶんだが、手元しか映っていないシーンも、吹き替えじゃなくて本人がやってるんじゃないかと思う。作中の人物だけではなく、役者もまた描いて描いて描きまくったというわけだ。

で、「そんな風に情熱を注げるものがあること」が僕にはとても羨ましく感じられる。羨ましい。僕も、瞬間的にはそういう何かがあったような気もするが、結局ないなぁ。まあ、「文章を書くこと」ぐらいか。これだけは20年以上ずっと続けているが、ただ「情熱を注いでいるか」というと、うーん、そんな印象はない。別に注いでない。「『注いでない』と思いたいだけ」かもしれないが。

正直僕は、それがお金にならなくても、他者から評価されるようなものじゃなくてもいいと思う。他人に特段の迷惑を掛けないものなら何だっていい。「これのために生きてるんだ」みたいに思える何かがあるといいなと思うんだけど、さすがにこれからそんなものと出会える可能性はないだろう。ダルいまま生きていくしかない。

ただ、作中では「好きを貫き続けることの辛さ」も一瞬描かれる。藤野が「淋しいでしょ、成功して」と言われる場面があるのだ。確かに、今のような状況を目指して頑張ってきたわけだけど、でも、何か大きくなりすぎて自分の手元から離れてしまったような気分にもなる。もちろんそれは「マンガ」という、比較的「他者からの評価」に依存するものだからこそではあるのだが、何事も突き詰めれば突き詰めるほど、自分が望んでいたのとは違った状況を生み出してしまうものでもあるように思う。だから、「情熱を注げるものがある」というのもまた、ある意味ではしんどいことなのかもしれないが。

と、アニメ映画を観た時にはそういう「情熱」に僕の関心は向いていたのだが、実写版では「後悔」の方に関心が向いた。これはやはり、生身の人間が演じているからこそな気がする。自分が書いたアニメ映画の感想をざっくり読み返すと、「感情表現が乏しい」みたいなことが書いてあったのだが、実写版はそんな印象にはならなかった。だからこそ余計、本作の後半の展開である「後悔」の方に自分の意識が向いたんだろうなと思う。

あまり詳しく書くのもどうかなと思うのでぼやかして書くが、本作の後半では「起こらなかった世界の物語」が展開される。どう解釈するかは観る人次第だろうが、僕は「深い後悔を抱えた藤野が脳内で生み出した『起こり得なかった未来』を描いている」という風に受け取った。

何か(特に悪いこと)が起こった時に、「自分がああしていれば(ああしなければ)」みたいに感じてしまった経験は多くの人が持っているだろう。実際には、「それが分岐点だったかどうか」は別に分からない。もちろん、直接的な原因を生み出してしまったというのなら別だが、本作で描かれる藤野の後悔のように、「そこが分岐点だったとするのはちょっと考えすぎだろう」と思えてしまうようなものもあるはずだ。

しかし本人はそんな想像を止められない。「もしも」を考えざるを得ないのだ。「ルックバック(look back)」というのは「過去を振り返る」みたいな意味らしいのだが(「背中を見て」という意味もあるらしい)、藤野はある出来事をきっかけに「あり得なかった過去」を振り返るのだ。

藤野の「想像」は、もちろん藤野の「妄想」であるが故に、藤野にとってとても都合良く展開する。確かに、藤野の妄想通りに進めば、すべてが上手くいく。が、やはりそんなことはあり得ない。それは「妄想だから現実には起こり得ない」ということではなく、「いくら妄想にしたって現実味が薄い」という意味だ。さすがにそう都合よくは進まないだろう。

ただ、藤野がこんな都合の良い妄想をしてしまう理由は分かる。それは、「ずっと一緒に絵を描いていたかったから」だ。だからこそ、こんな無理やりな妄想になっている。そして、藤野が「ずっと一緒に絵を描いていたかった」と思えているのは、実際にそういう経験を何年も続けてきたからである。

つまりそういう意味でも、藤野の妄想には現実味がないと言えるだろう。藤野は、「『ずっと一緒に絵を描く』という経験をしていない世界の自分が、『ずっと一緒に絵を描きたい』と望んでいる」という妄想をしているからだ。やはりそれは無理があるだろう。

ただ、そんなムチャクチャな辻褄合わせでもしないと耐えられないような後悔が藤野を襲っているのであり、その「悲哀」みたいなものはやはり、生身の人間が演じているからこそより強く打ち出せているように感じられた。凄く良かったなと思う。

で、そんな藤野を出口夏希が演じているのだけど、やっぱこの人良いよなぁ。最近色んなところで見かけるけど、やっぱり良い存在感だなと思う。また、京本を演じたのが蒔田彩珠で、彼女も好きだなぁ。ちょっと前に見た映画『消滅世界』も凄く良かった。

で、本作では、出口夏希・蒔田彩珠が中学時代から演じている。まあこれに関しては、そうするしかないよなぁ、と思うのでとやかく言うつもりはないが、やはりこの2人が中学生というのはちょっと無理があるだろう。

本作では、小学生時代と中学生時代の前半を子役が演じ、中学時代の途中から出口夏希・蒔田彩珠に切り替わる。初めは、高校生になったタイミングで入れ替わったのかと思ったが、物語の展開上それはない。

だったらいっそ、中学生になったタイミングで出口夏希・蒔田彩珠に切り替えたら良かったんじゃないかと一瞬思ったが、やはりそれも無理がありすぎるだろう。この点は本作の制作においては結構難点だったんじゃないかと思うが、個人的には「まあこれしかないよね」的な感じはした。

あと、「どうやって撮ってるんだろう」と感じたのが、白鳥だか白鷺だかと一緒に映るシーン。鳥がちょうど池に飛来したり、鳥がちょうど羽ばたいていったりするような場面に合わせて役者が画面に映るのだけど、CGじゃないとしたら、そんなに上手くタイミングを合わせられるものなのか? と思った。CGなのかなぁ。と思って気になったので調べてみると、白鳥はどうやら偶然撮れただけだとか。それはそれで凄いな。持ってるなぁ。

あと、エンドロールを見て驚いたこと2つ。1つは、「シャークキック・ギター」として米津玄師の名前があったこと。「???」って感じだろう。「シャークキック」というのは作中で連載されるマンガのタイトルなのだが、それはそれとして「シャークキック・ギター」という固有名詞が存在するのかと思って調べたけどそうではなさそうだった。まあはっきりとはよく分からないが、作中でマンガのタイトル以外で「シャークキック」に該当しそうなのはワンシーンしかないし、そこでギターが鳴ってたかは僕には記憶がないが(音にはあまり敏感ではない)、恐らくそこでギターが鳴ってて、それを米津玄師がやったってことなんだろう。

あともう1つ。「京本の部屋絵画制作」として男鹿和雄の名前があってびっくりした。男鹿和雄は作中でも焦点が当たる、ジブリ映画の背景画を描く人としてメチャクチャ有名な人だが(京本は男鹿和雄に憧れているという設定)、そんな男鹿和雄が実際に「京本が描いた絵」を描いているのだそう。それはまた贅沢な話だなぁ。

最後に。子ども時代の藤野を演じた七瀬ふうりは、本作で俳優デビューだそうだ。なかなか堂々とした演技だったから、全然そんな風には見えなかった。

というわけで、マンガがいいのかアニメ映画がいいのか実写映画がいいのかは人によると思うが、個人的には実写版も凄く良かったなと思う。しかしホント、若い頃に『ルックバック』に出会ってたら、「俺も何か創作に関わるぞ!」的なテンションになっちゃいそうだよなぁ。それが良い場合もあるだろうけど、人生を狂わせる場合もあるだろう。なんにせよ、おっさんで良かった。

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