【映画】「グルスポングの奇跡」感想・レビュー・解説

いやしかし、これはぶっ飛んだドキュメンタリー映画だったなぁ。随所で「ホントかよ?」って展開になる。今流行りの「モキュメンタリー」と言われた方がしっくり来るような内容なのだが、本作はそうではなくドキュメンタリー映画である。僕はたまたま、監督のトークイベント付きの回で観たのだが、観客からの質問に答える様子からも「真摯に向き合ったんだなぁ」と感じさせられた。どこまで何を真実と信じるかは観る人次第でいいと思うが、少なくとも「制作側による嘘や過剰な演出はなかった」と言っていいだろう(出演者側がどうだったかについては何とも言えないが)。

というわけで内容に触れていくが、その前に1つ残念な話を。僕は本作を観ながら大分値落ちしてしまった。

普段から眠いのだが、今日はここ最近でもトップクラスの地獄のような睡魔に襲われ、僕の体感では、全体の3割ぐらいは寝ちゃって見逃していると思う。なので、今から書くことに何か変なところがあれば、それは僕が寝ていたからだと思ってほしい。近年稀に見るぶっ飛んだドキュメンタリー映画だったので、ちゃんと観たかったのだけど、残念。

さて、本作の物語は「亡き姉の、存在を知らなかった双子と偶然再会する」というところから始まる。そう、これだけでもなかなかあり得ない話だと思うのだが、本作においては単なる「始まり」に過ぎないのだ。

その再会の物語は、遊園地から始まる。その日は、スウェーデン・グルスポングに住むカーリの元を、ノルウェーに住むマイが訪ねていた(2人は姉妹である)。で、2人は遊園地で遊ぶことにした。クジラのアトラクション(スプラッシュマウンテンみたいなもの)に乗ったのだが、その際マイが尾てい骨を骨折してしまい、7週間も座れなくなってしまったのだ。このままではノルウェーに帰れないので、マイはしばらくカーリの元に留まることにした。で、どういう流れだったか忘れたが、マイはグルスポングでアパートを探すことに決める。すると、あるアパートを内見した際、彼女がずっと探していたような静物画がキッチンに架かっていたのだ。彼女はこの出会いを運命だと考え、そのアパートを購入することにした。

しばらくして2人は、そのアパートの売主と不動産屋で会い、契約を交わすことにしたのだが、そこで驚くべきことが起こる。オーウラグと名乗ったその売主が、彼らの姉であるリータにそっくりだったのだ。しかも、後で分かったことだが、オーウラグは生年月日も20歳までの愛称も、リータとまったく同じだったのだ。

これはなんて奇跡的な状況だろう。そう感じた姉妹はこの時点で、本作の監督であるマリア・フレデリクソンに連絡を取り、「私たちのことを映画にしてほしい」と頼んだのだという。監督目線で言うなら、姉妹からの留守番電話でこの映画の制作が始まったと言っていい。

そんな経緯で始まった密着なので、本作の冒頭は「マイ、カーリの姉妹に、内見の際に理想の静物画を発見した時の再現を演じさせる」というシーンから始まる。映画を観始めた時は「奇妙な演出だな」と思ったが、監督としては、「この時点では私はまだ関わっていなかった」ということを明確にする意図があったんじゃないかなと思う。そしてその後は、マイ、カーリ、オーウラグの3人に主に密着するような形で状況の変化を追っていく。

さて、こうなるともちろん、DNA鑑定をしたくなるところだろう。そしてなんと、「マイ、カーリの姉妹は、オーウラグと異母姉妹である」ということが判明したのだ(マイ、カーリの2人が元々、リータと異母姉妹だと認識していたのかは覚えていない)。となるとこう考えるのが自然だろう。つまり、「リータとオーウラグは双子であり、オーウラグはすぐに里子に出されたので、リータ自身さえ自分が双子であることを知らずに育った」のだと。

しかし、仮にそうだったとして、何故そんなことをしたのだろうか? そこには、当時の社会情勢が関係していた。当時ノルウェーはナチスドイツの占領下に置かれていた。そしてナチスドイツでは双子を使った実験が盛んに行われていたのだ。本作ではそれ以上詳しく触れられていないが、僕は以前『メンゲレと私』というドキュメンタリー映画を観たことがあるので多少しっている。「死の天使」と呼ばれたヨーゼフ・メンゲレが、多数の双子を実験台に非人道的な実験を多数行っていたのだ。

そのため、「双子を出産した」と知られることは大きなリスクだったのである。そのため一方が里子に出されたというわけだ。双子を出産したことは事実だったようで、確か作中にはそのお産に立ち会った助産師みたいな人が出てきたように思う。で、よく分からないが、彼女は「最初に取り上げた子は死産だったの。それがあなただったんだけど」とオーウラグに言っていた。恐らくだが、「死産ということにして、里子に出した」ということなのだろう。

というわけで、こんな経緯から3人は思いがけず奇跡の再会を果たしたのである。となればここから感動の物語が展開していくと思うだろう。しかし本作では、まったくそんな展開にならないのである。

さて、僕は中盤の展開がたぶん結構抜けてるのだが、どうやら僕が寝落ちしている時に「信仰」に関する描写もあったようだ(この記憶がまったくない)。マイとカーリはキリスト教なのかな、で、オーウラグは何も信じてないのかキリスト教以外の何かを信じてるのか。マジでまったく記憶にないが、なんかそういう「信仰」の違いもあって、奇跡の再会を果たした3人はぎくしゃくした関係を続けていく。

僕が覚えているのは、確かマイの方だと思うが、3人でいる時は割と普通なのに、オーウラグがいなくなった途端にオーウラグのことをボロクソに言っているシーンが非常に多かったことだ。これは結局最後の方まで続いていた。カーリはオーウラグに対する嫌悪感を出していなかったと思うが(内心どうだったかは知らない)、マイの方は隠すことなく苛立ちを面に出しまくっていた。

そしてそんな3人の関係に、さらにややこしい話が関係してくる。それが「リータの死」についてである。

そう、リータは実は既に亡くなっているのだが、その死因はずっと「自殺」だとされていた。警察の報告書でもそうなっているようで、マイもカーリもその事実を疑ったことはなかったようだ。しかしオーウラグと出会い、リータと双子であると分かったことで改めてその死について調べみたことで、「リータは自殺ではなかったんじゃないか?」ということが明らかになっていく。

で、この事実もまた、3人の関係を加速度的に悪化させる要素として機能していくのである。

さらにさらに(そう、まだあるのだ)、これ以上詳しくは触れないが、本作のラスト付近では特大の「謎」が提示される。そう、ラスト付近で提示されるので、この「謎」は未消化で終わる(というか、本作で描かれることは大体未消化で終わると言っていいだろう)。みんな「どゆこと???」ってなるのだが、結局よく分からないまま終わる。それもとてもリアルだ。

で、面白いのが、本作の監督(制作側)も、恐らく観客と同じように状況の変転に「えっ???」となっていたということだろう。ドキュメンタリー映画というのは確かに何が起こるか分からない状態で密着しているわけで、想定外のことも当然起こるという想定でいるはずだが、にしても本作で描かれているのはあまりにも想定外すぎるので、「いやいや、ちょい待ちなよ」みたいになっている。まあそうだろう。1度ぐらいならともかく、本作の場合「えっ?」みたいなことが何度も起こるので、ちょっとさすがに想定外すぎるよなと思う。

また、これはトークイベントの中で監督が話していたことだが、本作の撮影中にコロナ禍に突入してしまい、撮影が困難になった時期があるという(それもあって本作では、留守番電話の録音の挿入が多用されている)。奇跡的な出会いから一変、再会を果たした姉妹は険悪な関係のまま関わり続け、その間に「えっ?」というようなことが色々起こりさらに関係が悪くなり、加えてコロナ禍にもなって物理的にも距離が出来てしまったわけで、色んな意味でハードな撮影・制作だっただろうなと思う。

本作はそんな「変転し続ける状況を捉え続けたドキュメンタリー映画」なのだが、その中で浮かび上がってくるのはやはり「家族って、血なの?」みたいなことだろう。決してそれだけがテーマなわけではないが、この点にも焦点が当たると言っていい。

この点に関しては、客席からかなり笑いが上がっていたが、オーウラグのあるセリフが印象的だった。彼女は軍人で、中尉として人を殺す訓練を受けたそうなのだが、そんな彼女がマイ、カーリについて、「私が怒りをコントロール出来ない人間だったとしたら、今頃彼女たちは死んでるわよ」とカメラの前で口にする場面があるのだ。相当ブチギレてるんだなということが理解できる場面だった。僕はたぶん寝てたからだろう、彼女たちがどうしてそんなに険悪な雰囲気になっていったのかイマイチよく分かっていないのだが、血が繋がっていようがなんだろうが、合わないものは合わないんだから仕方ないだろう。僕も基本的には、「血が繋がってる家族と話や感覚が合う」なんて感じたことは一度もないので、血なんかマジでクソどうでもいいよねとしか思えないのだけど。

で、この「家族って、血なの?」みたいな話はラスト付近でまた特大の「謎」が投下されることになり、状況がますます混沌としていく。ホント、最後までずっと「なんじゃこりゃ」って感じの展開だったなぁ。

さらに、「さすがにこれで終わりかな」と思ってたら、最後の最後に「オカルト?」みたいな展開もあって、もうカオス過ぎる。

まあそんなわけで、「ドキュメンタリー」としては「どうなんだ?」みたいに感じる部分もたぶんあるとは思う。ただ、本作はこれでいいよなとも思う。なんというのか、「世の中って結局、分かんないことだらけだよね」みたいなことが、本作には詰まりに詰まっているので、これこそ「リアルな現実を映し出した作品」と言っていいようにも感じるからだ。正統派なドキュメンタリー映画を望んでいる人はもしかしたら観ない方がいいかもしれないし、本作はむしろ、普段フィクションばかり観ているという人が観ても面白いんじゃないかと思うようなドキュメンタリー映画でもあった。しかしホント、よくもまあこんな奇天烈な作品に仕上がったものだ。姉妹から最初に連絡を受けた時は、こんな着地点は騒動だにしていなかっただろうなぁ。


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