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NICU卒業後の、その先へーー退院後から始まる、家族の24時間「一緒に考える」支援


第14回「ぽぽの会」勉強会に参加しました。

今回のテーマは、

「NICU卒業後の、その先へ
〜退院後から始まる家族の24時間〜」

お話を聞きながら、私の中に一つの問いが浮かびました。

「家に帰る」ということを、私たち支援者はどこまで想像できているだろう。

退院に向けて、必要なケアを覚えること。
必要なものを準備すること。
家族が少しずつ自宅での生活に備えていくこと。

もちろん、どれも大切です。

でも、その先には、

その子と家族の「暮らし」があります。

今回は、一人の母親、そして一人の看護師の歩みを通して、「退院後の、その先」を考える時間となりました。


「ぽぽの会」とは

「ぽぽの会」は、旭川医科大学病院で、医療的ケアが必要な子どもたちの在宅移行を支える取り組みとして2012年に始まりました。

医師や看護師、ソーシャルワーカーなど多職種が連携し、現在は地域の支援者ともつながりながら活動しています。

これまでの勉強会でも、口腔ケアや姿勢ケア、家庭での入浴、災害への備えなど、

「退院したあと、その子と家族が地域でどう暮らしていくのか」

という、生活に寄り添ったテーマが取り上げられてきました。

そして今回、第14回のテーマが、

「NICU卒業後の、その先へ
〜退院後から始まる家族の24時間〜」

でした。

「ぽぽの会」について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
旭川小児在宅療養情報サイト「ぽぽ」公式サイト


今回の講師は、私が働く訪問看護ステーションの所長

今回登壇されたのは、

小児訪問看護ステーション「なぎとくも」所長
笠谷美里さん。

私が現在働いている訪問看護ステーションの所長でもあります。

小児訪問看護に携わる看護師であり、

医療的ケアを必要とする子どもの母でもあります。

現在は、ご主人と3人のお子さんとの5人家族。

医療的ケアを必要とする長男は現在6歳になり、小学校へ進学しています。

今回語られたのは、「支援する看護師」としてだけのお話ではありませんでした。

一人の母として経験した妊娠、出産。

NICUで過ごした約9か月。

そして、

「家に帰ったら、いったいどうなるんだろう」

と、退院後の生活を想像することさえできなかった頃から、今日までのご家族の歩みでした。


「普通に生まれてくる」と思っていた

初めての妊娠。

赤ちゃんが生まれ、家族として新しい生活が始まる。

そんな未来を思い描いていたのだと思います。

ところが妊娠35週頃。

超音波検査をきっかけに、大きな病院で出産することになりました。

そして出産後、それまで思い描いていた未来とはまったく違う現実と向き合うことになります。

先の見えない未来。

不安。

恐怖。

孤独。

そのとき、ご主人が涙を流したというお話がありました。

笠谷所長が見た、

「最初で最後の夫の涙」

だったそうです。

その言葉を聞きながら、私は、ご夫婦がその瞬間から歩き始めた時間を思いました。


「受け入れた」のではなく、「受け止めた」

講演の中で、私の心に強く残った言葉があります。

「『受け入れた』わけではなく、『受け止めた』だけだった」

「受け入れる」と「受け止める」。

似ているようで、まったく違う言葉だと感じました。

突然目の前に現れた現実を、すぐに受け入れられる人ばかりではありません。

無理に前向きにならなくてもいい。

悲しいときは悲しい。

怖いときは怖い。

それでも、目の前には大切な我が子がいる。

その日、その日の現実を一つずつ受け止めながら、生きていく。

医療者は、ときとして患者さんやご家族に「受容」という言葉を使います。

でも、人の心はそんなに簡単に整理できるものではありません。

まだ受け入れられなくても、今日を生きている。

私は看護師として、この感覚を忘れたくないと思いました。


NICUで教えてもらったのは、医療だけではなかった

長男がNICUで過ごした期間は、約9か月。

その長い入院生活の中で、笠谷所長が今でも感謝していることがあると話されていました。

NICUの看護師さんたちは、医療的なケアだけではなく、

「お母さんと子どもが、一緒に子育てを楽しむ時間」

を大切にしてくれたそうです。

日々の様子をノートに書き残してくれたり、さまざまな工夫をしながら、親子で過ごす時間をつくってくれたり。

病院の中にいても、

「私は、この子のお母さんなんだ」

「私は、この子を育てているんだ」

と感じられるような関わりをしてくれた。

そのことへの感謝を話されていました。

NICUでは、何よりも命を守ることが優先されます。

だからこそ、

「治療を受けている子ども」としてだけではなく、「家族と一緒に育っている子ども」として関わること。

それも大切な看護なのだと思いました。


それでも、退院後の生活は想像できなかった

9か月間NICUで過ごし、一つひとつ退院の準備をしていても、

実際に家へ帰ったあとの生活がどうなるのか。

笠谷所長自身、

「想像がつかなかった」

と話されていました。

病院で必要なケアを覚え、退院に向けて準備を重ねていても、

家に帰ってからの24時間を、本当の意味で想像することは難しい。

呼吸器はどこに置く?

吸引器はどこなら使いやすい?

夜はどうする?

自分はいつ眠る?

食事や買い物は?

一つひとつは、実際に家に帰り、生活してみなければ分からないことでもあります。

病院で「できる」ことと、

家で「暮らせる」ことは、同じではない。

私は、この違いをとても考えさせられました。


家に帰った瞬間から始まった24時間

退院すれば、そこには医師も看護師も常にいるわけではありません。

子どもの体調を見ながら、必要なケアを続ける。

そして同時に、

ご飯を作る。
洗濯をする。
お風呂に入る。
眠る。
きょうだいとの時間を過ごす。

医療的ケアが生活の中にあっても、

そこにあるのは「医療」だけではなく、家族の暮らしです。

退院後、笠谷所長は大きな孤独感と恐怖を感じていたそうです。

それでも最初は、

「誰にも頼らなくても、自分でできる」

という思いがあった。

看護師としての知識があるからこそ、「自分がやらなければ」「私ならできる」という気持ちもあったのかもしれません。

けれど、NICUの医師や看護師たちは、訪問看護をはじめとした地域のサービスにつながることを勧めてくれました。

そこから少しずつ、人とのつながりが生まれていきました。


「たわいもない会話」に支えられることもある

訪問看護というと、医療的な処置や体調管理をする場所、というイメージを持つ方もいるかもしれません。

もちろん、それも大切な役割です。

でも、訪問看護がその家に持っていくものは、

医療だけではありません。

「昨日ね、こんなことがあって……」

子どものこと。

きょうだいのこと。

時には、医療とはまったく関係のないこと。

そんな、たわいもない会話が、

孤独の中にいる家族にとって、

「私は一人じゃない」

と感じられる時間になることがあります。

そして何気ない会話だからこそ、

「実は、ちょっと困っていて……」

という小さなSOSが見えてくることもあります。

病気だけではなく、その人の暮らしを見る。

そこに、訪問看護だからこそできることがあるのだと思います。


「正解」を渡すのではなく、一緒に見つける

笠谷所長自身、看護師として医療の知識や技術を持っています。

それでも、自宅で我が子をケアすることは、病院で患者さんを看護することとは違いました。

家の間取りも違う。

家族構成も違う。

そして何より、子ども一人ひとりが違います。

実際に生活してみなければ分からないことは、たくさんあります。

試してみて、

「これはうちには合わないね」

「こっちの方がやりやすいね」

と、試行錯誤を重ねながら、

その家庭には、その家庭なりのやり方が生まれていきます。

だからこそ、支援する側が一つの「正解」を渡すのではなく、

「この家族だったら、どうしたら暮らしやすいだろう?」

と一緒に考える。

家族が自分たちなりの方法にたどり着くまでのプロセスも、一緒に見ていく。

答えを決めて渡すのではなく、その家族と一緒に考えながら歩いていく。

それもまた、在宅で暮らす家族を支える大切な視点なのだと感じました。


支援するのは「子ども」だけではない

支援する対象は、医療的ケアを必要とする子ども一人だけではありません。

子どもの隣には、

お母さんがいる。
お父さんがいる。
きょうだいがいる。

家族全員に、それぞれの生活があります。

退院に向けて必要なケアや手技を身につけることは、もちろん大切です。

でも、それだけではありません。

お母さんは、いつ眠れるのか。

きょうだいと過ごす時間はあるのか。

家族みんなで食事をしたり、出かけたり、ほっとできる時間はあるのか。

そして、困ったときに誰に「助けて」と言えるのか。

その子のケアだけではなく、その家族の24時間を想像すること。

それが退院支援にも、地域で家族を支えていくためにも、とても大切な視点なのだと思いました。

支援につながることは、

「自分ではできないから、誰かにやってもらう」

ということではありません。

家族みんなが、その家族らしく暮らし続けるために、人の力を借りること。

笠谷所長自身も、人に支えてもらう経験を重ねる中で、少しずつ、

「頼ってもいい」

と思えるようになっていったのだと思います。


レジリエンス――回復する力を支える

講演の中で出てきた言葉があります。

「レジリエンス」

困難やストレスに直面したとき、それに適応し、しなやかに立ち直っていく力です。

もともとはネガティブに考えることも多かったという笠谷所長。

けれど、いくつもの困難を経験し、誰かに支えてもらいながら、一つずつ乗り越えてきた。

その時間の中で、自分自身の「回復する力」も育っていったと話されていました。

支援者が、その人の人生を代わりに歩くことはできません。
不安をすべて取り除くこともできません。

でも、

そばで一緒に迷い、一緒に立ち止まることはできる。

できないことだけを見るのではなく、その人や家族がすでに持っている力を一緒に見つけていく。

それが、レジリエンスを支えることにつながるのかもしれません。


あの日の赤ちゃんは、6歳になった

先の見えない未来の中にいた赤ちゃんは、

今、6歳。

小学生になりました。

そして、かつて支えてもらう側でもあった笠谷所長は、

今、小児訪問看護ステーションの所長として、家族を支える側にも立っています。

講演では、ご家族の日常を映した動画も見せていただきました。

そこにあったのは、

「医療的ケア児のいる特別な家族」

という言葉だけでは表せない、

家族の日常そのものでした。

笑ったり。

迷ったり。

大変なことがあったり。

それでも、一緒に今日を生きている。

その姿から、

一日、一分、一瞬を大切に生きること。

そんなことを教えてもらったような気がしました。


支えてもらった人が、今度は支える人へ

NICUで支えてもらった。

退院するときには、地域へつないでもらった。

自宅に帰ってからも、人とのつながりに支えられた。

そして今、笠谷所長は小児訪問看護の現場で、今度は家族を支える側に立っています。

たわいもない話をする。

一緒に笑う。

一緒に悩む。

そして家族から、

「こんなことをやってみたい」

という言葉が出てきたら、

「できる・できない」を最初に決めるのではなく、

「どうしたらできるだろう?」

と一緒に考え、ときには一緒に挑戦する。

うまくいかなければ、また考える。

支援する側が答えを決めるのではなく、その家族が自分たちなりの方法にたどり着くまで、一緒に考えながら歩いていく。

そんな関わり方が、家族の持つ力を支えていくのだと思います。


同じ訪問看護の現場にいる一人として

私は現在、笠谷所長と同じ訪問看護ステーションで働いています。

ただ、私自身は医療的ケア児の訪問を担当しているわけではありません。

だからこそ今回のお話は、同じ訪問看護に携わる看護師として、改めて、

「支援とは何だろう」

と考える機会になりました。

今回、私の心に残ったのは、医療的な知識や技術だけではなく、その先にあるものでした。

病気や障がいだけを見るのではなく、

その人がどんな毎日を送り、
その家族がどんな暮らしをしているのかを見ること。

たわいもない話をすること。

一緒に笑うこと。

困っていることがあれば、一緒に考えること。

そして、

「こんなことをしてみたい」

という思いがあれば、

「どうしたらできるだろう?」

と、一緒に可能性を探していくこと。

これは医療的ケア児への訪問だけに限ったことではありません。

訪問看護に携わる私自身にも通じることだと感じました。

私たちは、その人の人生を代わりに歩くことはできません。

でも、その人がその人らしく、その家族がその家族らしく暮らしていくために、そばで一緒に考えることはできる。

今回の講演を聞いて、

それが私にとっての「寄り添う看護」の一つなのかもしれない。

そんなことを改めて考えました。


「一緒に考えましょう」と言える人でありたい

講演の中で、もう一つ印象に残った言葉がありました。

「やってしまった後悔は時間とともに小さくなる。
やらなかった後悔は時間とともに大きくなる」

完璧じゃなくてもいい。

失敗することもある。

迷うこともある。

それでも、一歩進んでみる。

この言葉は、医療的ケア児を育てるご家族だけではなく、支援する私たちにも向けられた言葉のように感じました。

支援とは、誰かの人生を代わりに歩くことではない。

困ったときには、

「一緒に考えましょう」

と言えること。

そして、その人が持っている力や可能性を、一緒に探していくこと。

NICUで支えてくれた人がいた。

退院後の生活へつないでくれた人がいた。

家での暮らしを一緒に考えてくれた人がいた。

そして、支えてもらった人が、

いつしか誰かを支える人になる。

そう考えると、

支援は「点」ではなく、人から人へとつながっていくものなのかもしれません。

「NICU卒業後の、その先へ」。

今回の勉強会を通して、

私は子どもと家族の「その先」だけではなく、

支援する私たちの「その先」についても考えました。

一人では難しいことも、誰かとつながることで見えてくる道がある。

だから私もこれから、訪問看護の現場で、

一緒に考え、
一緒に悩み、
その人がその人らしく歩いていけるような看護師でありたい。

そんなことを感じた、第14回「ぽぽの会」勉強会でした。


最後に――「さぽんて」という新しいつながり

講演の最後には、笠谷所長から「さぽんて」についてのお話もありました。

支援を必要としている人と、

「何か力になりたい」と思っている人が、

もっと自然につながれるように。

そして、そのつながりを旭川の地域に根づかせていきたい。

そんな思いから、「さぽんて」を旭川に持ってきたいそうです。

私もそのお話を聞いて、

「これは必要なことかもしれない。応援したい。少しでも広めていきたい」

と思いました。

必要なときに、必要な人とつながれること。

それもまた、

「一人にしない」という支援の形の一つ

なのかもしれません。

「さぽんて」については、また別の機会に書いてみたいと思います。


※この記事は、第14回「ぽぽの会」勉強会で伺ったお話をもとに、私自身が看護師として感じたこと、考えたことをまとめています。


関連リンク|訪問看護ステーション「凪とくも」Instagram

今回お話しくださった笠谷所長が所長を務める、旭川の訪問看護ステーションです。
Instagramでは、「凪とくも」で働くスタッフの紹介や日々の様子を見ることができます。

訪問看護ステーション「凪とくも」公式Instagram

関連リンク|さぽんて

「ちょっと助けてほしい」と「誰かの力になりたい」をつなぐ、有資格者による有償ボランティアのプラットフォーム「さぽんて」

現在、旭川への地域拡大に向けたクラウドファンディングが行われています。
今回の記事を読んで「さぽんて」の活動をもっと知りたい、応援したいと思った方は、ぜひこちらをご覧ください。

「さぽんて」旭川への地域拡大・クラウドファンディングについて

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