熱帯夜のペレストロイカ #シロクマ文芸部
熱帯夜の寝苦しさに耐えかねて目を覚まし、少し涼もうと寝間着のままで縁側に出た。
時計の針は2時を回った辺りで、「あと2時間もすれば暑さも落ち着くだろう」などとひとりごとを呟きながら、闇夜に埋め込まれたかのように輪郭のくっきりした満月を眺める。
真ん丸のキャンバスに描かれているのは、可愛い兎ではなく、産婦人科で見たエコー写真か、ゴルバチョフの頭のシミのようである。
「ペレストロイカ」なんとなく口に出してはみたが、それが何を意味するのかもよくわからない。トロもイカも好きだが、ペレスは食べたことが無い。
ペレスはもしかしたら寿司職人なのかも知れない。色白で屈強な体躯の寿司職人。眉間にしっかりと皺が刻まれた、スキンヘッドの寿司職人。ウォッカを飲むと白い肌が茜に染まる。寒いのはあまり好きじゃない。日本酒もあまり好きじゃない。
ペレスの寿司は独学だ。日本の寿司は映画で観たぐらいで、実際に食べたことはない。映画で観た寿司には生魚が乗っていたが、魚を生で食べたこともほとんどない。凍らせるか、塩漬けにする。見様見真似で俵型に握ったライスにニシンやらサーモンを乗せてはみたが、何が美味いのかわからない。イクラの軍艦の代わりにキャビアを乗せたが、見た目が違い過ぎる。試行錯誤を繰り返す内に、ペレスの寿司屋はスープ料理が増え、寿司らしき物を握ることはなくなった。
自分で育てた野菜やキノコをふんだんに使用したスープ料理が評判になり、近所では有名な人気店になった。それから幾つかのお店を出すと、どの店も繁盛した。お金に余裕ができた頃、「そうだ日本に行こう」と思い立った。改めて、本物の寿司を学ぶために。
日本の寿司はペレスのそれとは別物だった。繊細で美しく、新鮮で、それぞれに素材が活かされた調理が成されていた。特にトロは口の中に入れた瞬間にとろけてしまったし、イカはまだ透きとおったままで、生命を感じる程の新鮮だった。
「どうしたらこんなに美味しい寿司が握れるんだ」
興奮したペレスは目の前の職人にロシア語でまくし立てた。言葉は伝わらなかったが熱意は伝わった。翌日からペレスは日本にいる間その店に通い詰め、寿司の握り方、ネタのさばき方などを教わった。
そして母国に帰ったペレスは、改めて寿司屋をオープンさせた。名前は「ペレス・トロ・イカ」…、ペレストロイカ…。
さて、だいぶ暑さもやわらいだ。もう一度寝直すとしよう。
すみません、締め切り過ぎてました…
