読書メモ『危険だからこそ知っておくべきカルトマーケティング』
今週末に雨宮純さんの新刊『危険だからこそ知っておくべきカルトマーケティング』のトークイベントがあり、私も登壇します。
こちらのイベント近づいて参りました。2冊の性格の違いはメディア環境も関係していると思うので、「あの頃のインターネット」も含め、ネット史と合わせて話せればと考えています。
— 雨宮純 (@caffelover) October 6, 2024
/10月12日(土・昼)カルトマーケティング vs 完全教祖マニュアル!https://t.co/SxL4UZQrtB pic.twitter.com/Es1JRkp6Dl
で、ようやく『カルトマーケティング』を読み終わったので、備忘録がてら、いくつかのポイントについて、思ったことのメモを残しておきます。
・「今、ここではないどこか」「大きなものとの繋がり」
熱狂を生むためには「今、ここではないどこか」または「大きなものとの繋がり」のどちらか、あるいは両方が入っていると効果的である。
「なぜ信仰を持つのか?」という疑問に対し、私は以前より「おもしろ宗教仮説」というものを提唱してきた。簡単に言うと、「おもしろさが契機となって信仰を持つのではないか」という説であり、全ての信仰者には当てはまらないだろうが、ある程度の妥当性があるのではないかと考えている。
というのは、私はフィクション作家でもあるので、その観点から言うと「大きなものとの繋がり」はフィクション上での「おもしろさ」を作る上でも重要な要素と考えられるからだ。人間は物語のどういう部分に感動するか(面白さを感じるか)の一類型として「時間的・空間的拡張」があると私は考えている。
主人公のミクロな行動や活躍が、実は太古の昔から連綿として続いてきた営みの帰結であった(時間的拡張)といった展開や、主人公とその周りでだけ発生していたと思われた事件が実は世界的・宇宙的規模のものだった(空間的拡張)という展開に人間はときめくのではないか……と考えるのだ。(ただし、これを主張しているクリエイターは私の他に見たことがない)
ポイントとなるのは、「個人の物語」だと思っていたものが、実は過去や未来を貫通していたり、世界規模・宇宙規模だったりするという「物語のスケール感の拡大」である。そこに人間が「おもしろさ」を感じるのだとすれば、宗教思想や陰謀論などにおいても、「時間的・空間的拡張」「物語のスケール感の広がり」を感じさせれば、人々の心を掴むことができるのではないか? 「大きなものとの繋がり」とは、そういうことではないだろうか。
なお、『カルトマーケティング』では、これの健全な利用例(?)として環境問題が挙げられている。「環境に配慮した商品を購入する」という「個人の物語」が、「地球を救う」という空間的拡張に繋がるという点で、非常に緩やかながら「おもしろさ」を用いているのではないか?
その「おもしろさ」をテコに、「配慮した分だけ」商品を高額化することができる。露悪的な表現だが、「地球を救う」という物語性の分だけ+αの課金をさせることが可能になる。「環境に配慮した高額な商品」を買うことができる富裕層が、「道徳性」をも獲得できるとも言える。
・個人的な悩みを正義の物語と接続する
「自分が苦しみ、割りを食っているのは◯◯のせいである」というタイプの怨嗟は、過激な組織に限らずSNSにも溢れているものだ。◯◯には移民や特定の人種、異性や政治的な右派・左派など様々な集団が代入される。
ここでのポイントは「単純化」であろう。大抵の人間は、何かしら現状に不満を持っている。その不満の原因を一つに絞りこむことで「分かりやすく」「おもしろく」している。
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