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【AI小説】 天弓のプリズム 🎤前編

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私にとっての唯一の安らぎは、この世から遠のくことだ。

昔から嫌なことがあると、布団の中に潜って外界のあらゆるものから遮るのがルーティンである。

休学している今もずっと、変わらずこのルーティンで毎日過ごしている。

ふと起き上がって布団を少しめくって締め切っているカーテンの色から、大体の時間帯とどんな天気かを推測してみる。

薄灰色で、強めの明るさということは、お昼前後で雲の隙間から少しだけ太陽が出ているのだろうか。

数ミリ空いているカーテンの隙間から、ちょうど日差しがさしてきているからそう思えた。

その時、イヤホンから流れ出す、聞きなれた音楽。
ついに配信が始まったことに気づき、急いで潜り直す。

──まただ。
ドスドスと階段を駆け上がる音の後、ダンダンダンと激しく鳴るドア。

「泉!!もういい加減に部屋から出てきなさい!そりゃ、友達にあんな事されて傷つくのもわかるわ、でももう卒業でしょ!?勉強するか、バイト探すか、少しは進路のことも考えなきゃ!」

休学してからというもの、母親は毎日のように部屋の前で怒鳴り込むようになった。
最初こそ優しい声音だったが、三年生になってからというものこうなった。

しばらくした後、母親が扉を叩く音が止み、静かになる。
すると今度はゆっくりと階段を上がる音。

「止めろよ、…書だって…んだろ?」
今度はお父さんだ。
ボソボソとだけしか聞こえなかったが、きっと母親を諌めたのだろう。
それでも耳を劈く声は止まらない。

「何言ってんのよ、今さら」
二人の口論はだんだんと激しくなり、やがて部屋にも届いた。
いくら布団を被ろうが、耳で手を塞ごうが、どうやっても二人の怒鳴り合いを耳にしてしまう。

甲高い声にドスの効いた低い声がぶつかって、不愉快極まりない。
耐えられなくなった私は、厚い布団を押し退けて部屋を飛び出した。

「うるさい。」
「勉強は?バイトは?」
「そんなの、お医者さんが良いっていうまでしないから。」

二人の怒鳴り声より大きな音で、扉は閉まった。
立ち上がったついでに、部屋の惨状も目に入る。

うっすらとホコリの積もったタブレットと勉強机、床に散らばるのは教科書と音楽の教本。
全てがあの日のままだ。

一つだけ、黄ばんだ表紙をみつける。
それは子供の頃に通っていた劇団のバイエルだった。

思わず手に取ってページをペラペラとめくり、最初の発声練習と書かれたページにたどり着く。
鼻で息を吸い込み、お腹が膨らませ、口を形作る。

しかし、全く声が出ない。
「ひ…ひゅ」
と、掠れるような声と、ただの息しか吐き出されない。
喉に手を当ててみても、特に変わった様子は無い。

「……なんで?」
思わず出た声は、酷く震えていた。理由は自分でも分かっている。
半年前、友達だと思っていた人物に貶められたことだ。

あの時、彼女に投げつけられた言葉のひとつひとつが、今も喉の奥に鋭い棘となって刺さったままだ。
抜こうとすれば血が出るし、放っておけば化膿して、呼吸をすることさえ苦しくなる。

呪いのようにこびりついたあの声が、脳内でリピートされる。
そのたびに私の喉は、持ち主の意志を無視して硬く、冷たく閉ざされていく。

その度に、もうあの場所へは戻れないのだと悟る。

思考がぐるぐると回る中、諦めたようにフラフラと静かに教本や教科書を手に取る。
例え、目の前が滲もうとも、手を止めなかった。

何冊か拾い集め、勉強机に置いた時、シワひとつない綺麗な状態で一枚の紙切れが落ちる。
きっとどこかに挟まっていたのだろうと、裏返す。

『カーポ音楽学院』

その学校の名前は、かつて友達から聞いたことのある学校の名前の一つだ。
チラシのQRコードにスマホを近づけて、ホームページにアクセスする。


いくつか写真が載ってあり、いかにも音楽学院らしいものだった。
様々な授業風景を写した写真が、数秒ごとに遷移していく。

講堂では様々な楽器を演奏する人達。
鏡越しの教室に多くの生徒たちが踊っている。

一通り見終わり、スクロールして概要や授業の特色などを調べていると、一際目に入ったものがあった。

ステージの上でスポットライトを浴びているドレスの女性の動画。
私は思わず息を飲む。

大勢の観客の視線が注がれている中、たった一人で歌っていた。
そんな状況なんて、私だったらプレッシャーで投げ出したくなる。

しかし、その女性の表情は、とても幸せそうだった。
迷いのない真っ直ぐとした、一つ一つの言葉が届いてくる。
まるで空を飛ぶ鳥のように、自由だけど軸がしっかりしている音程。
歌っている本人も、聞いている私も、満たされていく。

動画が終わり、「もう一度聞く」のボタンが表示される。
三十秒ほど、その場にぺたっと座り込む。
まるで体から魂が抜けでたような感覚。

これだ、私が目指していたものは。
もう一度自分もそうなりたい。

涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を、無理やり袖で拭う。
「この音で、みんなを幸せにする。」
決意は固まった、あとは行動に移すだけだ。

数日後

遠ざかっていく駅をバスの車窓からぼんやりと眺める。

親に伝える時はどうなる事かと思ったが、
両親ともに安堵したかのような、呆れのような
「分かった」
という台詞を聞けた。

チラシには、夕方ごろに終わって帰ってくるのは夜になると書いてあった。
たった一人ゆっくり時間をかけて遠出したのは生まれて初めて。

ぎゅうぎゅう詰めを覚悟して乗り込んだバスは、僅か十数人ほどしかおらず、席を独り占め出来たのが幸い。

バスの心地よい揺れも相まって、眠りについた。

バスで一時間ほど揺られて、起きた時にはすでにバスガイド含む全員が、外に出ていた。
曇りなき天色の空が広がる、心地よい快晴。

私には、何ヶ月も無縁だったが、一年後にはひょっとしたら…。
浮かんできた少しの希望に頭を振って、ビルに目をやる。

チラシと動画で見た通り、窓の前に波形を模した大きなモニュメントがある。
周りにはずらりとビルが建ち並んでおり、流石は大都会と言わざるを得ない。

浮かんできた感情に蓋をして、グッと息を呑む。

そして私は『カーポ音楽学院』の門を叩いた。

中に入ると、正面には本日の予定と書かれたモニターが設置されている。
その下に木目調のカウンターがあり、薄い水色のジャケットを着たお姉さんが、にこっとこちらに微笑んだ。

「こんにちは。本日はお越しくださり、まことにありがとうございます。
早速ですが、二階へお集まりください。」
吹き抜けとなっていた二階には、紺のベストを着た男性がいた。

私たちが席へと座ったタイミングで、男性は説明を始める。
この学院では様々な授業があるらしい。

例えば、ピアノやヴァイオリンなどの楽器を演奏する授業。
歌を歌うための発声練習や、音程をとる練習など。
最近の音楽業界における動向について学ぶ授業などもあるそうだ。

「本日はあくまで体験入学なので、楽しみながら学んでいって下さい。」

と、またも微笑まれたものの、入った時から続いている心臓の高鳴りは止まることはなかった。

その後、各々は選択した授業の教室へと、生徒に案内された。
私は『ボーカル科』の授業を選択していたので、地下一階にある特別ホールへと向かった。

エレベーターへと乗り、細長い廊下を進み、案内人が厳重な扉を開ける。
開かれた先にあったのは、まるでライブ会場のようだった。

真っ先に見えるのはステージ。
スピーカーが両端と床に設置されているからか、ピアノや楽器の音、歌声まで一つ一つの音が、身体に入ってくる。

照明も、よくある学校の体育館のようなそれではなく、ちゃんとしたスポットライトが四方六方に広がっている。
まるで光線銃のようで目がチカチカするが、それでも興奮が先に勝つ。

私はステージの近くからずらりと並ぶ客席に座り、ステージを見やる。
ピアノで弾き語りをしていたのは、私の好きな歌手の麗さんだった。

麗さんを知ったのは、昔流れていたアニメの主題歌からだ。
ハスキーな歌声で、高音を出したあと一瞬しゃがれる瞬間が好きだった。
でも、子供の頃からいくら真似をしようとしても、うまくしゃがれることは出来なかった。

高校にあがるまで麗さんの歌を聴いて、自分なりに歌手になりたいと思いながら、劇団や合唱部に入り、練習を励んでいた。

けれど今の私には、その記憶さえもが自分を責める刃に変わっている。 声を失い、夢を捨て、暗い部屋でうずくまっていただけの私が、こんな眩しい場所に足を踏み入れていいはずがなかった。

「一緒に歌ってみませんか?」
突然の言葉に後ろを振り向くと、動画の中でスポットライトを浴びていたあの女性に、驚くほどよく似た人が立っていた。