私がいなくなったら
私がいなくなったら悲しんでねって呪いのように死ぬことを利用しても私のことを殺してもいいから私のことを誰か殺してほしい
矛盾が当たり前の私の言葉は何度も言いすぎた死にたいのせいで全部嘘に聞こえるし、最近流行りのやみ系ねってそう言う括りとして思春期として片付けられる。
思春期がおわり、19歳になった今は世の中の大人に溶け込むために一足先に大人になった同い年の人に追いつけるように足掻くための時間になりました。そしたら、わたしはまた死にたいって死にたいよりも苦しいって言葉が先に出てくるようになりました。
もう半袖は着れない。今年だけじゃなくて一生この先大人になっても自業自得としてこの傷と生きていくしかないし、また傷はどんどん増えるでしょう、。でも自業自得。私は殺された。ずっと前に元気な私は殺されていて、いまはただ名前のある人の女として別人になっちゃった。
全部偽物だし綺麗すぎたら作り物にみえて汚かったらさわれなくて、ちょうどいいところはずっと奥の方にあるのかそもそもないのかわからない。
何が言いたいのかわかんない。何もしたくない。でもずっと誰かといたいし、一人になりたい。おでかけしたくないけど、みんなに会いたい。でも誰にも会いたくない。わからない
これもまだ子供だから?大人になったはずだよ。
大人になったはずなのに、まだ何にもわかんないし、また考えすぎなんだよね
