2025年度の高等部で大学入試に挑んだ4人の物語
珍しくリアルタイムでの塾の話題を書くことにします。
今年度は4人の高校3年生が私の塾に在籍しました。全員が大学合格を決めて巣立っていくことが決まりました。
世の中には難関大学の合格記とFラン大学の惨状ばかりが出回っているように感じてなりません。彼ら4人はそのどちら側にも入らない「普通の大学受験生」でした。しかし4家族とも保護者の方は合格発表と共に大きな喜びの声をあげ、2家族では涙も流したと聞いています。そんな彼らの今までを等身大で書いていくことにします。
幼なじみだった4人
珍しいのは彼ら4人が「幼なじみ」だったことです。彼らの家は半径500mに収まります。詳しく書くとこんな感じです。
・Aくん:小5時に通っていた塾の先生が病気になり転塾
E保育園→G小学校→H中学校→I高校(文系)
・Bくん:中1の終わりに入塾
F幼稚園→G小学校→H中学校→J高校(文系)
・Cくん:中2の3学期に入塾
F幼稚園→G小学校→H中学校→I高校(文系)
・Dくん:高2の最初に入塾
E保育園→G小学校→H中学校→J高校(理系)
つまり彼らは全員小中学校が同じで、幼保と高校が2人と2人に分かれていました。BくんとDくんは高校の部活も一緒でした(中学は異なる部)。学校では必ずしも同じ友人グループには所属していなかったようで、塾に連れだって一緒に来ることはまずありませんでした。仲は良いけど馴れ合わない彼らの距離感がプラスに働いた気がします。
中学の前半はパッとしなかった
彼らの中学2年1学期の内申は揃って27を下回っていました(Dくんは入塾後に以前の資料として見せてもらいました)。基本的に「不器用男子」の彼らは5教科が3か4で技能教科に2が混ざるような成績でした。特にBくんは破天荒なキャラクターで内申は散々でした。小学校卒業前~中学校入学後のコロナの休校時に、自宅に親が不在のご家庭があり、そこに2カ月ほど6人の同級生が集まって寝泊まりしながらずっとゲームをしていたグループの一人でした。ちょうど彼らは小学校卒業の直前でコロナ禍に見舞われ中学のスタートが切れなかった学年でした。
しかしそれなりに賢い子たちではあったのと、根性のようなものは身についていたので中3では成績を伸ばしました。全員が大体250人中の100番から50番くらいに順位を上げました。内申も32~34まで伸びました。BくんとDくんは進学指導の厳しいJ高校に滑り込み合格、AくんとCくんは四大進学と専門学校進学の生徒が半々くらいの自由なI高校に進みました。
高校では当たり前のように部活動に入部
高校に進み、彼らは全員が運動部に入部しました。Aくんはある競技で小学校の頃から地域で有名だったので既定路線でした。高校は弱いチームだったようですが、エースとして大活躍したようでした。Cくんも中学で行っていた競技を継続しました。彼の場合は「楽しいが一番!」の性格なので無理のない範囲で参加していました。部活よりもゲーマーやオタクの部分での活動に力を注いでいた感じです。Bくんは中学の時の部活は幽霊部員だったのですが、心機一転で新たな競技を始めると、中学の時がウソのようにのめりこんでいきました。DくんもBくんと同様に新しい競技を始めました。筋トレが趣味で高校生活の前半で20㎏くらい体重を増やす努力は見事でした。
同時に現大1世代や高2世代のようにアルバイトをする生徒はいませんでした。大体塾に週3で2時間半ほどやってきて学校の課題や定期テストの勉強をするのが習慣でした。「毎日来るわけではないけれども、4日間来ないことは無い」これを高1~高2で継続できたのが彼らの良かった所だと思います。高校の成績はAくんが最も良くて一桁順位を外さない程度でした。Cくんも上の2割くらいでやはりI高校は成績が取りやすいと実感しました。BくんとDくんは真ん中よりやや上くらいの成績でした。彼らは得意教科と苦手教科がはっきりしていてBくんは国語が得意だけど数学がからっきし、Dくんは英語が得意な理系だけど肝心の理科が奮わない状況でした。
そんな彼らも高3の5月には部活動が終わり、いよいよ受験勉強に本腰を入れる時期になりました。
驚きの彼らのルールと学校の補習重視
これは7月の頭くらいに気付いたことなのですが、Cくん以外の3人はあるルールをゴールデンウィークに決めたそうです。それは「スマホを塾には持っていかない」というもの。それ以来彼らのスマホを私との連絡で必要だった「正月特訓」以外は一度も見ることがありませんでした。またこれをCくんは嫌がったので強要しなかったのも素晴らしいと思います。またCくんもほとんど塾ではスマホを使うことはありませんでした。
加えて学校の補習には相当しっかりと参加していました。夏休みも午前中は学校の補習を受け、午後もBくんとDくんは引き続き補習を受けて、AくんとCくんは少し前に学校の近くにできた新しい図書館で勉強し、夕方からは塾で勉強するスタイルを続けていました。この頃に全員が「一般入試で挑む予定」という意思を固めました。またBくんとDくんは国公立が第一志望とはっきりと明言しました。これは通う高校の雰囲気がそうさせたと思います。色々な塾があるとは思いますが、やはり愛知県の郊外では高校主導での受験が一般的なんですよね。
Cくんは上述したように部活も楽しい主義でしたしスマホのルールも一匹狼で、いわゆる「ゆる入試」だったことは否めません。勉強がゼロだった日も高3の秋以降でも時々あったと思われます。趣味の音楽フェスやゲームのイベント?等で泊まりのお出かけもありました。Aくんは学校の成績が良かったことが奏功して特別奨学金入試を打診されました。それにより年内に中京大学に合格しました。
AくんとCくんの高校は「全員が大学進学!」という雰囲気では無いので、1月末まで高校に通った後は家と図書館と塾での勉強が主となりました。そしてそのままAくんは第一志望の南山大学に、そしてCくんも第一志望の愛知大学に合格を果たしました。
BくんとDくんは尾張地区の進学校らしく2月の前半までは通常授業で学校に通い後半も午前中は補習に行っていました。いつの間にやら共通テストの数学である程度点数を計算できて、各教科の実力がバランスよくなったBくんは、高3夏以降の模試でずっと私大より国公立大の方が良い判定が出ていました。しかし彼がちょっと厳しい目標だと感じていた南山大学に見事に合格しました。そして第一志望の信州大学に挑んだのですが受験日の朝の寒さや高校までの友達の多くが南山に合格したのを聞いて、迷いが生じたようです。合格を勝ち取ってきましたが、辞退して自宅から南山に通うことを決めました。Dくんは共通テストは想定通りのまずまずの点数だったものの、私大入試は苦労しました。私大では最も高い目標だった名城大に不合格となり、中部大と大同大のみの合格に留まりました。国公立は富山大学に出願して学校も私も「厳しい」という見立てでしたが、前日の夜まで塾で頑張り見事に逆転で合格を勝ち取ってきました。合格の報告を3月7日の10時半頃にお母様から頂いたのですが(来年度のPTAの顔合わせの最中でしたw)、その時もDくんは後期試験の鳥取大学の入試に向けて学校で補習授業を受けていたそうです。2月27日の卒業式の後も日曜日を除いてずっと9時~15時まで高校の補習に通い続けていました。
まとめ
昨今の大学入試では以下のことが頻繁に語られます。
・スマホやタブレットを活用する勉強は当たり前
・オープンキャンパスにどんどん足を運ぼう
・高校でどんな探究活動をしてきたかが大切
・年が明けたら学校の授業に参加するのは非効率
これらは確かに正しい一面もあるのでしょう。しかし彼ら4人は通塾の際にはスマホを絶ち、オープンキャンパスは最も足を運んだ生徒でも2校(県内のみ)。高校での探究活動は2人が「地域の大学調べ」で、2人が「父の職業について」でした。1年時に「最短時間で済むような探究しか学校のみんなはしていないんですけど…」と口を揃えて話していました。また2月や場合によっては卒業式以降の3月も高校に通い続けて中学の成績から考えるとランクの高い大学への進学を決めました。派手さはありませんが「中2でオール3以下から国公立&中京圏最高ランクの私大進学」の達成です。これは塾の後輩たちにも一つの良いモデルとなりました。
・Aくん:南山大学経済学部に進学 中京大学に特別奨学金入試で合格
・Bくん:南山大学法学部に進学 信州大学にも合格
・Cくん:愛知大学経済学部に進学
・Dくん:富山大学工学部に進学
