夜店から【シロクマ文芸部】
テキ屋のキミちゃん
夜店から漂ってくる甘い杏飴の匂いを嗅ぐと決まってキミちゃんを思い出す。
今頃は、きっとお母さんになって いるだろう。私と同じように子供の手を引いて夏祭りを楽しんでいるのかもしれない。
キミちゃんの家は少しだけみんなと違っていた。
お父さんもお母さんも露天商、昔でいう「テキ屋」をしていた。祭りのある町へ行っては夜店を開き、季節が巡ればまた別のところへ向かう。
子どもの私は、その仕事がとくべつだなんて思ったことはなかった。
遊びに行けば、お母さんはいつも笑顔で迎えてくれた。お父さんは面白いことを言って二人を笑わせてくれた。
キミちゃんは言った
「家はみんなと逆、お休みの日が稼ぎ時なんよ」
家の中には、いつも甘い匂いがしていた。鍋で煮詰めた飴の香りだっのだろう。
できたての杏飴を一本
「ほら、食べな」と渡してくれるのが何より嬉しかった。
ある日、友達が私に言った
「あの家には行かん方がええよ、父さんヤクザなんやて」
キミちゃんのお父さんには入れ墨があると小声で教えてくれた。
だからと言ってキミちゃんを嫌いになる理由にはならなかった。
そんな噂の中でもますますキミちゃんのことが好きになっていった。
6年生最後の夏
町の花火大会の日だった。
キミちゃんは家族と一緒に夜店を手伝っていた。忙しそうに杏飴を並べる姿が少しだけ大人びて見えた。
私は一本買って「またね」と手を振った。
家族と河原の土手に座り夜空を見上げていると、不意に誰かが隣に腰を下ろした。
キミちゃんだった
「ちょっとだけ抜けてきた」
そういって笑う顔はいつものキミちゃんに戻っていた。
あの時間は、夜店も、周りの大人達の噂も何も関係なかった。
ただ、黙って並んで花火を見ていた。
それだけで、良かった。
それからは、中学、高校と会う機会もなくなった。
今、夏祭りに行くと、私は子どもの手を引きながら夜店の人達の顔につい目がいってしまう。
威勢のいい声、甘い飴の香り、裸電線の灯り
その向こうにキミちゃんに似た笑顔を見つける度に胸が少しだけ甘酸っぱくなる。
あの日、河原で一緒に見上げた花火は、私の夏のいちばんの大切な思い出
今も心の中で鮮やかな大輪の花が咲いている。
今は露天の店もめっきり減り時代の流れを感じる。
「キミちゃんに会いたい、またあの日にかえって並んで花火がみたい」
そんな思いを今も心の小箱にしまったままでいる。
終わり
