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熱帯夜【シロクマ文芸部】    蝉時雨

熱帯夜。

幾日もつづく寝苦しさに、僕は
きまって同じ夢を見る。

「中島ーー!」
南の空に飛び立ってゆく戦闘機に
ちぎれるほど大きく手を振る夢を…。

十年前に亡くなった祖父は、生き残りの特攻隊員だった。毎年この季節が巡るたび、繰り返し僕に語ってくれた戦争体験だ。
祖父は、終戦前の夏、大刀洗飛行場で特攻予備隊として訓練を受けていた。いつ出撃の命令が出てもおかしくない状況だった。

祖父は若干の十六歳、あの頃の僕と同じ年齢である。

いよいよ飛び立つ日が告げられ、一番仲の良かった中島が先発隊に選ばれた。
直立不動で受けた命令に中島の後ろ姿は、小刻みに震えていた。

中島は成績もよく、祖父の一番の親友だった。郷里のことや家族のことを屈託なく話してくれる普通の少年だった。

出撃前の夜、家族に向けて遺言書を書かされた。中島は、どんなことを書いたのであろうか…、
祖父は、何も書かなかった。白紙のまま提出したという。
祖父は、「精一杯の戦争への抵抗だ」といった。
翌日全員滑走路に整列し、中島の出撃を見送くった。
祖父は、おもわず滑走路に飛び出し
「中島ーー!」と叫んだ。
唸るプロペラ音が声をのみこむ。
それでも祖父には、操縦席で見詰める中島の口元が
「ありがとう」と動いたのが分かった。
祖父は、見えなくなるまで手をふりつづけた。

そして、紺碧の空へと消えた。

あの日を境に二度と出撃命令はなくなった。

    終戦の日

祖父は、生き残った。

幾度もあの日のことを語ってくれた祖父は、もういない。

墓へとつづく坂道をのぼる。

祖父の墓前に手を合わせると、あれほど鳴いていた蝉がふっと鳴き止んだ。
  一瞬の静寂
「じいちゃんの残した言葉、今も忘れてないよ」
そう告げた。

帰り道、山からこぼれるように
蝉時雨が降り注いだ。

 墓石に沁み入る祈り蝉時雨

終わり
ある方の戦争体験を物語にしてみました。

平和の世がつづきますように

クリ純




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