月を見上げる|たった数時間で、表情はこんなにも違う
今週のお勤めも終えて、明日から連休。
何食べようかな、どこ行こうかなと自宅へ向けて車を走らせている時のことだ。
視界に映ったあるものに、思わず声をあげた。
え・・・月すっご・・・!
帰路に着いたのは18時を少し過ぎた頃。
すっかり暗くなった空に、満月より少し欠けたぼってりと大きな橙色の月。いつもよりも低い位置に浮かんでいた。
ちょっと赤みを帯びていて、幻想的だ。
普段とは明らかに表情の違う月を見て、なにか科学的な現象でも起きているのかと思って調べてみた。
するとどうやら、これはいくつかの自然現象が重なって起きていることらしい。
月が出てくる時間というのは、毎日同じ時間と決まってるわけではなくて少しずつずれているのだそうだ。
今日の月の出は、おおよそ17時半。
つまり私が見た時の月は登って間もない頃だったので、まだ地平線近くの低い位置にあったみたい。
そして、月が地平線近くにあるときは、大気の影響を受けるらしい。
空気の層を長く通るために青い光が散ってしまい、
赤や橙色の光だけが届く。
夕焼けと同じ仕組みだ。
この辺は光のスペクトル?色彩の話も関わってくるのかな。
いつもより大きく見えたのは、建物や山みたいな比較対象が近くにあることで「月の錯視」が起こっているとのこと。
まあここまで簡単に調べて語ってみたけど、詳しいことはさっぱりだ。
多分天文学とかそういう専門分野の話になるんだろう。
でもつまりは、月が昇ったばかりの時間帯にたまたま出会えたから、
あんなに特別な月に見えたということらしい。
21時ごろにちょっと散歩行こうと思って外に出ると、月はもう白くて小さくて、頭のはるか上。
いつも通りの表情をしていた。
まだ1日も経たず、たった数時間だけでここまで変わるものなのか。
見る時間帯だけでこんなに表情が違う。天体にも感情があるかのように。
昔の人たちも、同じように空を見上げて、
こんなふうに月の表情に心を動かされたのだろうか。
今のように科学の知識もなく、
ただ静かな夜に浮かぶ光をどう捉えたのだろう。
神様みたいな存在だったのか、それとも災厄の象徴か。
見える距離にいるのに、決して手が届かない存在。
それを見上げるたびに私は、
時間の流れや自分の小ささを思い出すのかもしれない。
・・・なんか天体の話してたら「チ。―地球の運動について―」がまた見たくなっちゃった。
あの、静かな信念の物語。
もう一回読もうかな。
ちなみに、こんな「いかにも天体に興味あります」みたいな記事書いてるけど、私11月5日のスーパームーンは普通に見逃しました。
あの日は激烈に疲れてて帰って速攻寝落ちたんだよね。無念!
