貧困の翻訳(その15):令和の日本で、あえて「少なきを憂う」意義。
経済成長をネガティブに思う人々がいます。
私は常日頃から、日本の貧困の問題を何とかするには、経済を成長させるしかないと主張し続けています。日本に成長産業を育てて、賃金の高い職業を増やして、1人でも多く人々が「そこ」で働けるように、労働者にリスキリングなどの再教育を行って、1人あたりGDPを向上させないと、日本から貧困は無くせない。ず~っと長い間、そう言い続けて参りました。
でも、このような意見は、多くの方々から賛同が得られず、無視されたり、バカにされたり、ず~っとそんな日々が続きました。私への反論で多い意見は、「経済を成長させると格差が広がる」とか、「それでは貧乏人がますます搾取される」とか、「地球の環境が破壊される」など、経済成長をネガティブに思う内容が多いです。
このような意見を聞くたびに、私は、いつもの左派&リベラルな「紋切り型だな~」と思います。もう何十年も前から、少しも変わらない論調なので、この人たちは、本当に自分の頭で考えているのか?、疑わしくなります。

まず、彼らには「貧困層とはどうのような人々なのか?」が、見えているのでしょうか?。そして「なぜ人々は貧困になるのか?」を、客観的な状況も含めて理解しているのでしょうか?。ここへの具体性が乏しいと、有効な対策は打てないと、私は考えるのです。
よくサヨクなNPOの方々が、正義感が強いのは理解できますが、とにかく「資本家」や「株主」、「富裕層」などの【悪役】が、「どこかにいる」という前提で、その人たちから「搾取」され、「疎外」された人々が「貧困層である」と、勝手に定義したりしています。そういうのって、どこまで本当なのですか?。現実の社会を、よ~く調べて欲しいです。何やら「陰謀論」によく似ていますよね。
この人たちの思考回路の根底にあるのは、「世界の富の合計は一定である」ので、誰かが「自分の取り分を増やす」と、他の誰かが「貧しくなる」という世界観です。だから「搾取しないと金持ちになれない」ので、経済成長は「必ず格差を拡大する」という地点に帰着します。
このような方々も、私と同じように「貧困をなくせ!」と主張します。しかし彼らの言い分では、あくまでもどこかに【悪者】がいて、そこに富が偏在するため、みんなに平等に分配されておらず、人々は「貧困になる」というストーリーになっています。
論語にも「不患寡而患不均」(すくなきをうれえずしてひとしからざるをうれう)とあります。ご存じの方も多いでしょうが、「貧しいことが不幸なのではなく不平等なことが不幸なのだ」という意味です。確かに「みんなで富を平等に分配したら誰も貧しくならない」ような社会だったら、その通りでしょうね。まさに米国なんか、その典型だと思います。
しかし、今の日本はどうですか?。日本は諸外国ほど激しい格差社会ではなく、富裕層と呼ばれる一握りのお金持ちに、極端な富が偏在する国ではありません。それなのに1人あたりGDPが、世界で37位(2025年IMF統計)と、すご~く低迷しています。所得水準も、とても先進国とは思えないレベルですよね。

この状態では、どこからどう考えても、経済を成長させて、国全体のGDPを増やさないと、私たちは貧乏なままです。だから令和の日本では、もっと「少なきを憂う」姿勢が必要ですよ~!。
そして経済成長というのは、決して「限られた富の奪い合い」ではありません。新しく「何かを生産する」ことの意味です。自分で労働せず、何も生産しない人が、豊かになろうとすれば、他人から「何かを奪う」しかありません。でも、労働して生産する人は違います。富は自分で生み出せるから、他人から搾取する必要はありません。
景気回復後の日本のイメージが、間違っていませんか?。
よく「景気回復した日本の姿」と言えば、昭和の時代の日本が復活したようなイメージを連想される方もいますが、それは大きな間違いです。
リーマンショック後に、米国の景気は回復しましたが、それは従来からあった、GE、GM、USスチール、エクソンモービルなどの産業が、再び元気になったからではありませんでした。それらに代わって米国経済をけん引したのは、GAFAのような巨大プラットフォーム型のIT産業でした。
これは歴史的な必然です。だから日本でも、昭和の時代のように、東芝、松下電器、ソニーなどが、再び元気になって、経済の主役になっている可能性は低いのです。

従来型の産業は、すでに需要の絶対量が決まっています。1軒の家で、テレビや冷蔵庫や洗濯機を、20台も30台も買うようなことはありません。だから東芝や松下電器のような産業が、今後も大きく成長する可能性は低いのです。まだ米国みたいに、わずかでも人口が増えていれば、自然な需要増加は見込めます。しかし人口減少社会の日本では、それも望めません。
それに対し、GoogleやAmazonのような産業は、昭和の時代には存在しませんでした。だからこそ、そこに新しい市場が生まれて、平成の時代に大きく成長できたのです。
そして今後は、生成AI、自動運転タクシー、人型ロボット、メタバースなどが、新しい市場を生み出す可能性があります。だからこそ「そこ」に、世界から巨額の投資マネーが集まっているのです。
資本主義とは、過去に投資したマネーのリターンが、未来に返って来るしくみです。だから資本主義の世の中は、過去よりも、今よりも、未来で動きます。株価というのは、まさに「未来の値段」のようなものです。株式市場では、「未来に価値がある」と判断された企業の株価が上昇します。
したがって「未来を信じない」人々は、「未来に投資できない」ため、資本主義の世の中では、必ず貧乏になってしまいます。
