「令和の子育て」の矛盾「自分らしく」と言いながら、正解を決めているのは大人
「子どもの個性を大切に」
「自分らしく生きてほしい」
そう言いながら、
実際にはこちらが決めた
「らしさ」を求めていないだろうか。
うちに通う子どもたちを見ていても、
ふと、そう感じる瞬間がある。
「好きなことをやっていいよ」
と言いながら、
その子が選んだものが、
自分の想定と違うと、
「本当にそれでいいの?」
と、つい聞き返してしまうときがある。
これは私たち大人自身にも、
心当たりがある話だと思う。
「怒らない子育て」
という言葉も、最近よく耳にする。
理想としては、とてもいい言葉だ。
ただ、
現場でも家庭でも、
「怒ってはいけない」
と思えば思うほど、怒りを飲み込んで、
別の形で疲れている親を、
何人も見てきた。
私もその一人だった。
怒らないことが目的になってしまうと、
本当の気持ちを飲み込むことが、
「良い親でいること」
にすり替わってしまう。
「子どもを尊重する」ことと、
「なんでも子どもの言う通りにする」ことは、
本来はまったく違うはずなのに、
いつの間にか、
同じもののように扱われている場面がある。
選択肢をたくさん与えることも、
同じかもしれない。
「好きなものを選んでいいよ」
そう言われた子どもの中には、
選択肢の多さに、
かえって不安になる子もいる。
「これでよかったのかな」
という不安を、
小さな子どもが、
毎回抱えることになる。
自由や尊重という言葉は、
聞こえはとても良いけれど、
その裏側で、
子ども自身が、
「自分で決めた責任」を
背負わされている場面も、
実は多いのではないかと思う。
本当の意味で子どもを尊重するというのは、
すべてを子どもに委ねることではなく、
大人がある程度の枠組みを持ちながら、
その中で子どもの気持ちを聞いていくという、
地味で手間のかかる作業なのかもしれない。
「自分らしく」と言うのは簡単だけど、
その言葉の裏で、
大人がどこまで正解を用意してしまっているか。
一度、振り返ってみる必要がある気がしている。
みなさんは、
「子どもを尊重する」と、
「子どもに任せすぎる」の境界線を、
どこに置いていますか。
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