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戦争トラウマPTSDと脳脊髄液減少症の関係性


NHK「こころの時代」を見ての気づき 



NHKで放送された「こころの時代 父と私戦争の心の傷(初回放送2005年11月9日」を見た。

https://www.nhk.jp/g/ts/X83KJR6973/

戦争トラウマの元兵士と家族の苦しみを、脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)当事者の私の視点で見た。

本当にすべて心の傷なのか?私の違和感

たしかに戦争トラウマでの心の傷を負った人の存在はあるだろう。

しかし、戦争から帰ってきた人たちの人格変化、怒りっぽくなって暴力性が増したことを、PTSDだけのせいにしていいのか?

戦争から帰って、
無気力、無表情になったことや、
感情コントロール障害や、
手足のふるえや、歩行障害のすべてを、
戦争による心の傷の問題だけにしてしまっていいのか?

大きな違和感を感じた。

トラウマ、PTSD治療界でもまだ知られていない脳脊髄液漏れ

今だって、精神科医にさえ十分に知られていない、認知度の低い脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)

人体は外側からの外力での衝撃で、脳脊髄液が漏れることがある。
脳脊髄液が漏れて減ると、脳機能は低下し、正常に機能できなくなるはず。

そうなると、心身にさまざまな症状が出たっておかしくない。
なのに、その事が、まったく見逃されていると感じた。

当時は仕方がないにしても、
今なら、戦争トラウマ研究にかかわる人たちにぐらい、脳脊髄液が漏れて減ると人体に起こる障害について、
知ってほしいと思った。

そのため、脳脊髄液漏出症当事者として、この番組を見て感じたことを書く。

戦争後の元兵士の心身の不調がすべて「精神の問題、こころの傷」とは限らない

無表情、反応がないのは、本当に戦争による心の傷だけの症状なのか?

戦争から帰ってきた人を第三者が外側から見て、感じる異変のすべてを、
戦争による「心の傷」と決めつけてしまうのは、少し無理があるのではないか?

番組では、18歳で軍に入隊し、ベトナム戦争に参加したアメリカ軍兵士の話が紹介されていた。

戦争から帰ってきてから、
精神疾患を発症、 家族への暴力を繰り返し、家族を失ったそうだ。

原因は不明だが、「自分では感情がコントロールできない状態だったのではないか?」と私は想像する。

番組ではこう説明されていた
「(戦争で)自らの死の恐怖にさらされ、加害行為、殺人行為を繰り返した末のPTSD」だと。
ベトナム戦争で発症したので、ベトナムシンドロームと言われていると。

たしかにそれもあるだろうが、原因はそれだけにしてしまっていいのか?

はたして本当にベトナムシンドローム?

戦場でのなんらかの衝撃を受けての脳脊髄液減少症発症の可能性はないのか?
私は思った。

戦場で、大砲などのそばに従事していなかったか?
銃の発射の衝撃に、体が何度も何度もさらされていなかったか?

爆風に吹き飛ばされたことはなかったか?
軍の中で、上官に往復びんたなど、暴力を振るわれたことはなかったか?

殴られ、蹴られたことはなかったか?
訓練や戦場で、転倒や転落はしていないか?
と。
だって、それらの事でも脳脊髄液は漏れ、
脳脊髄液減少症になる可能性はあるのだから。

戦争神経症とは?

番組によると、旧日本軍の中には、「戦場で心を壊された人が数多くいた」そうだ。

そのような兵士は戦地から日本へ送り返され、千葉県にあった
「国府台陸軍病院(こうのだい陸軍病院)」に収容されていたそうだ。

番組では、北海道大学精神医学教室が映像提供した
「ヒステリー病像の種々相 紀元2599~2600」という映像が流された。

紀元2599年というのは 西暦1939年 昭和14年にあたるから、
昭和14年から昭和15年の映像なのだろう。

(紀元というのは、神武天皇が即位したとされる紀元前660年を元年とする皇紀で数えられたもので、おそらく当時使われていた年号なのだろう。
1939年ごろは、太平洋戦争の始まる前で、日本で「皇紀二千六百年」という祝賀ムードが高まっていたようだ。
私はなぜか「紀元二千六百年」の軍歌を聞いた事があり、知っている。
気になる方はネットで調べて聞いてみてほしい。)

当時、ヒステリーとされた症状の実態

NHKこころの時代のこの番組中で、戦争による心の病、ヒステリーとされた、映像を見て驚いた。

手足のケイレンが止まらない兵士。
裸でふんどし一枚で屋外に立たされ、体が硬直して歩くことができなくなり、立たされ、そのまま、支えられることもないまま前のめりに倒れてしまう兵士。
ベットの上で、手足のケイレンを繰り返す兵士。

ナレーションは
「こうした症状は、(戦場での)過度の心理的な抑圧による精神的な疾患とされ、当時は戦争神経症と呼ばれていた。」と流れた。
私は、まさか。そんな事あるもんか!と思った。

私は、「それをみんな戦争神経症というの?それは違うんじゃない?」って思った。

しかし、戦時中その事実は伏せられ、メディアは「戦争による精神障害の兵士はいない」と報じていたそうだ。

番組の中で、画面に一瞬映った1939年4月5日の読売新聞を画像を止めてじっくり見てみると、その記事にはこう書いてあった。
「大戦名物 砲弾病 皇軍には皆無 早尾博士 頼母しい発表」という文字が見て取れた。

「大戦名物 砲弾病?」なにそれ?
もしかして、それまでも、戦争のたびに「砲弾病」という名前のついた症状が兵士に起こっていてそれを認識していたってこと?

それをメディアが、そんなものわが国の勇ましい兵士には発症していない、と嘘の報道をしていたってこと?

昔も今も、真相はなかなか報道されない


脳脊髄液減少症を闇に葬ろうとしてきた存在がいて、メディアが報道しない今と、重なるじゃないか。

当時も今と同じように、権威ある肩書の人が、この情報が広まると都合の悪い人たちに加担していたのだろう。
今思うと真実を報道しないなんて、なんて愚かなこと。

真実を覆い隠すことに、権威ある人間を利用してもっともらしい意見を言わせて新聞記事を書かせて、世論操作を図ろうとする人たちはなんて愚かなこと。
それに応じる「権威ある人」もなんて愚かなことと、私は思う。

戦後ふるさとに帰還した兵士の中にも、こうした症状を呈する人たちが多くいたようで、精神疾患とされていたそうだ。

番組ナレーションは続く。

「国はその実態を放置し、調査に乗り出すことはありませんでした。」と。

1953年7月の議事録から

1953年7月の衆議院厚生委員会議事録によると、この問題のついて議員の質問に対して、国はこのように答えたそうだ。
ナレーションと同時にテレビ画面に映された議事録の部分を、静止画にして必死に読むと、国の答弁としてこんなことが見てとれた。

「それから除隊直後の精神異常というお話でありますが、精神病の方は相当おありになるだろうと思います。
これも過去の戦争の例から申しますと、大多数はやはり先天性のものと思われます。これは私 専門家ではありませんので詳しくは申し上げられませんが、大多数は戦争公務の遂行との間の因果関係というよりも、その人の素質ということが多いそうであります。」と読めた。

当時は、誰も戦争での、人体に起こることで不可解な症状すべてを、その人の心の病に決めつけていたのだろうという事がこの文字からも見てとれた。

当時は国民はもちろん、どんな医学者も、だれも、人体に見えない傷を負って、その結果の脳の機能障害としての症状だとは思えなかったのだと思う。

PTSD トラウマ問題関係者に知っていただきたい事

PTSDの日本兵家族会 寄り添う市民の会は脳脊髄液減少症を知っていただきたい。

家族会の皆様には、
人間は、暴力や爆風、銃発射の衝撃、転倒、転落、などの、
衝撃が人体に加わった時、あるいは加わり続けた結果、

脳脊髄液が漏れる可能性があることを、
まずは知っていただきたいと私は思う。

そして、脳脊髄液が漏れて減ると、体の震えや歩けなくなるなど、見た目の身体症状のほか、精神疾患と思われそうなさまざまな症状が出ることを知っていただきたい。

そして当時も、誰に気づかれる事もなく、治療される事もなく、放置されて死んでいった、脳脊髄液減少症患者がきっといたであろうことを
想像していただきたい。

そして、戦争参加者でなくても、
今も、当時の戦争帰還者の症状同様、一番当事者が苦しんで困っているのに理解されていない人たちが存在していることを知ってほしい。

脳脊髄液が漏れて起こっている人格変化や怒りっぽさ、無表情、やる気のなさなどが、
周囲から、その症状や状態をすべて、その人の正確のせい、心の問題とされて、疎まれ、嫌われ、適切に患者としての理解や支援がなされていない、脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)患者が今もいることを想像していただきたい。

脳脊髄液減少症はPTSDと間違われやすい

事故やケガ、爆風で吹き飛ばされ頭や背中を強打する。
暴力などで、人体が衝撃を受けて、脳脊髄液が漏れて減ると、どうなるか?

それはそれは多彩な心身症状が出る。
外見や、一般的な検査では訴える症状を裏付けるような異常が見つからない事が多い。
それは当たり前だ。
脳脊髄液が漏れるという疾患を見つけるための検査ではないのだから。

その事故が大事故であればあるほど、
悲惨な事故であればあるほど、
その事故による心の傷も症状に影響していると思い込む。

その事故での衝撃で脳脊髄液が漏れているかも?なんて、
今までの多くの医師は考えたこともなかったはずだ。

症状だけが診断基準にあてはまってしまえば、症状ごとにいろいろな病名が医師によってつけられることもある。
当たり前だ。
医師は、脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)の症状を知らないのだから。
既存の知られた疾患名に当てはめるとそうなる。

だからと言って、脳脊髄液が漏れて起こっている症状の
ひとつひとつに病名をつけていたらきりがない。
PTSDもそのひとつだと私は思う。

私の実際の経験からも、脳脊髄液が漏れて減ると、

感情がコントロールできなくなったり、
人が変わったように非常に怒りっぽくなったり、
暴言、暴力が自分で抑えきれなくなったり、
感情が出なくなったりする。

顔の筋肉が動きにくくなり、その結果笑顔が出なくなる。
その結果、無表情、無感動と見えてしまう。

それを見て、周囲の人には、変人、変りものと思われがち。

まとめ

トラウマ PTSDと誤解されがちな症状を出すのが、脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)だということを、まずは知ってほしい。
それは、医師によって実にさまざまな病名がつけられやすい。

すべての医療者に、特に精神医療にかかわる皆様に、
脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)を、自分に関係がある疾患として、知っていただきたい。
そして、普通の疾患同様に、あたたかなご理解と、ご支援をいただきたいと
私は願っている。
そのために、ここで、これを書く。

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