「原因不明」と言ってくれる医師は良心的な医師だと思う
最近私は
「原因不明」
「原因がわからない」と言っていた医師って、
実は、突き放した冷たい医師ではなく、
むしろ良心的ないい医師だったのでは?
という事に気づいた。
医師に、
「あなたの症状の原因がわからない。」「原因不明」
「異常なし」と言われると、
私の訴えている症状を信じてもらえないようで、ショックだったし、
悲しかった。
突き放された気がして
なんて冷たい医師だと思っていた。
けれど、
それは違っていたのかも?
と最近気づいた。
「症状から疑われる病気の検査をいろいろやってみたけれど、
(私という医師ひとりの知識や経験では)異常は見つけられなかった。」
ということだから、
そう言ってくれる医師は、
むしろ良心的ないい医師だったのではないか?と思うようになった。
下手に、医師が自信満々で、「それは◯◯症ですね。」
と、よく検査もしないまま言ってしまうと、
患者も「やっと◯◯と診断された」と思い込んでほっとし、安心してしまう。
患者は、その医師の言う事や、投薬を
その後何年も、延々と信じこんでしまう危険があると思う。
もしかしたら、その「診断」こそ、
誤診かもしれないのに。
だったら、むしろ、前の医師の
「原因不明」の意見の方が、
正解にたどりつける可能性があるかもしれなかったのに。
患者は、医師になんらかの「診断」がくだされ、いったん病名がつけられてしまうと、
それが誤診かも?なんて
最初から思わない。
他の医師には原因不明、異常なし、と相手にされず、放りだされたのに、
この医師だけは、やっと症状を理解してくれ、わかってくれた。
◯◯病と診断してくれた、と思う。
やっと病名がついた。と
心からほっとし感謝する。
薬を出してくれた。
漢方を出してくれた。
治療がやっとはじまった。
との安心感から、
「その診断、自体が間違っているかも?」なんてもはや想像もしない。
感謝の思いから、
以降何年も、洗脳されたようにその医師の診断した病名を信じこんでしまいがちだと思う。
私は、ある医師に、
同じ私の脳脊髄液減少症の症状に対して
「軽度外傷性脳損傷」と
診断書まで書かれたことある。
でも、軽度外傷性脳損傷には
治療らしい治療はなかった。
ただ、検査が続いて、軽度外傷性脳損傷だとの確証を持ちたいだけのように感じ、途中でその医師と、その医師の考えから離れた。
その医師は、
脳脊髄液減少症やブラッドパッチ治療を、徹底的に批判していた医師だった。
私は、直接、その医師から、
面とむかって脳脊髄液減少症の治療医とブラッドパッチを、バカにする言葉を、聞いたのだから間違いない。
こんな医師はたくさんいた。
当時は珍しくなかった。
その医師は生涯、脳脊髄液減少症には歩み寄ってくれてなかったように、
私には感じた。
もし、ご自分の考えを改めて、脳脊髄液減少症の解明に協力してくださっていたなら、もう少し、脳脊髄液減少症の全体像も広がったかもしれないのに。
似た症状なのに、脳脊髄液減少症の存在すら認めないその医師にも
親衛隊のような患者会が存在していた。
医師って、「教祖」とよく似ていると思った。
宗教と同じではないか?と思った。
信者は、
1人の教祖の人間の考えを、一度盲信してしまうと、
その教祖の考えが、実は反社会的で間違っていたとしても、
その教祖は絶対に間違いを認めないから、信者も教祖の考え方を支持し続ける。
だから、信者はいくら説得されても、
その教団からなかなか離脱できない。
自分も間違っていたのかも、なんてなかなか認めない。
離脱することは、
いままでの自分が信じていたこと、正しいと思っていた判断も間違っていたと認めることだから、それを認めたくない。
過去の反社会的集団の引き起こした事件を見ても、宗教の洗脳を解くのが難しいのは感じる。
患者もいったん医師の診断を、信じこんでしまうと、なかなか別の医師の考えを受け入れらないのは、
宗教で洗脳されるのと似ていると感じる。
人は自分が一旦、信じたものは、なかなか手放さない。
診断名も同じだと感じる。
自分の信じたものが間違っていたと認めることは、自分が傷つく。
人は自分が傷つくのを無意識避けたいのだと思う。
だから、安易な診断で、
患者を盲信させ、
治らない方向へ、横道にそらせる教祖みたいな医師より、
「原因不明!わからない」と正直に自分の能力の限界を認めてくれる医師は
むしろ、良心的だと思う。
「あなたの症状の原因が、私にはわからない。」と正直に言ってくれた医師は、
冷たい医師なんかじゃない、
安易に「診断」する医師より、
はるかに患者思いだ。
そうしたことに、今ごろ気づく。
同時に、症状の原因がわからないながらも、その医師の持ちうる知識の範囲で、患者の苦痛をやわらげてあげたいと、一生けんめい尽力してくれていた医師も、実は、「脳脊髄液減少症を見逃したダメな医師」ではなかった。
「心優しい医師」だったのだと、
今頃気づく。
人は間違う。
それを患者は、忘れてはならず、
たった1人の医師の意見を盲信せず、
常に自分でも複数の視点で考え続ける事が大切だと思った。
そして、その医師の持ちうる知識と技術には差がある。
1人1人の医師が精一杯、治そうと向きあってくれたのだと気づくと、
すべての医師に、感謝の気持ちがわいてきた。
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