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戦争と脳脊髄液漏出症との関係に誰も気づいていないの?

昨日(2026年3月28日の夜、9時からのNHKニュースサタデーウォッチ9で、
戦争と心の傷についての、放送があった。
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-7K78K8ZNJV/ep/J8G1PG8J26

興味のある人は動画配信で見てみてほしい。

ニュース開始から33分後あたりからはじまります。

佐賀県の
吉野ケ里町の
国立病院機構
肥前精神医療センターで、
戦争によって、日本の兵士が負った心の傷の医療記録が新たに見つかり、注目を集めているとの内容のニュースでした。

戦争の恐ろしさを克明に記録した貴重な資料の存在がNHKの取材であきらかになったそうです。

精神疾患を発症した元兵士の少なくとも300人分のカルテなどが見つかったそうです。

このニュースを見て。

(え?精神疾患とは限らないよ!当時は髄液漏れなんて概念は医師の頭の中にはひとつもないんだから、髄液漏れだったのに私でさえ、精神疾患と誤診されたんだから、と私の心の声が響く。)

NHK佐賀の取材した小林亨輔記者も
サタデーウォッチ9の今井志郎記者も、
脳脊髄液減少症なんて視点では
絶対に取材してないと思う。

今は「統合失調症」と呼ばれている疾患が、昔の病名で書かれている。

ああ、私も髄液漏れで、統合失調症みたいな症状も体験したっけなと思い出す。

肥前精神医療センターの木村啓介臨床検査部長も、
当時も、人に脳脊髄液減少症が起こりえたなどという視点では、見ていないと思った。

大砲で発射を繰り返す映像が流れたけど、あれだけ大砲の近くで発射を繰り返していたら、
人体にはどれだけの衝撃が、繰り返し加わったんだろう?
大砲発射の衝撃が人体に繰り返し加われば、髄液漏れが起きたって不思議ではない、私なんかは考えちゃうけど。

脳脊髄液減少症を知らない人は、そんな想像さえしないだろう。

民間人も含めておよそ310万人が犠牲になった日本。

先の大戦末期の4年前には、
「精神病.その他の神経症」と陸軍で診断されたのは、
わかっているだけで、約67万人いたという。
戦後も戦争で負った心の傷が深刻で家族の元に帰れなかった患者は、昭和36年1月以降になってもいたらしく、
「未復関係綴」に記録があった。
戦争で負った心の傷がどれだけ深刻だったかを示す、きわめて貴重な記録だそうだ。

戦争中のカルテ活用し歴史研究している上智大学の中村江里准教授も、
おそらく脳脊髄液減少症の視点はお持ちでないんじゃないか?
「戦争で心を病んだ元軍人たちがどういう心情、気持ちであったのかわかるような、非常に重要な記録かなと思う。」と中村さんはおっしゃっていた。
ぜひ、脳脊髄液減少症の視点でも戦争中のカルテ研究を、していただきたい。

という事は、今から100年後、
私たち脳脊髄液減少症を見逃され苦しんだ患者たちの手記も、
100年後の人たちに、役にたつかもしれないと思った。
2026年になっても、脳脊髄液減少症があまり医師にも知られておらず、
医療も福祉も支援が限られていた時代や、その前の平成初期や昭和の64年間、の病名さえなかった時代の、患者の苦しみは、書いて残しておけば、
未来の西暦2126年の人たちに、
100年前の今の私たち脳脊髄液減少症患者の心情や気持ちや、2000年から続いた、脳脊髄液減少症への医学界での激しいバッシングや、
自動車保険会社のひどい仕打ちは、
将来明るみに出て、未来に教訓となると思う。
脳脊髄液減少症が激しくバッシングされていたその当時を知っているサバイバーたちは、なんとしても当時医師からうけた誤解や仕打ちや、悔しい思いを、書き残さなければいけないと思った。

書かなければ、私たちが死んだらみんな消えてなくなってしまう危機感がある。


この病院で医師をしてきた
新福尚隆さん(84歳)
1970年から、病院で兵士たちの治療に当たってきたそうだ。
終戦から25年たっても、10人ほどの元兵士が病院にいたそうだ。

新福さんの言葉
「戦時中に非常にストレスだとか、爆撃だとか、精神のバランスを壊されて、
帰るところがなくて、ずっと入院を続ける方が多かったんじゃないか。」

新福さんは、ある60代の元兵士が突然命を絶った時、その傷の深さにうちのめされたという。

新福さんは、続ける、

「おそらく彼は人生に対する諦めがあったんじゃないか。
非常に深い傷痕というのをいろんな方の心の中に残してそれが長続きするという事。もう少し話を聞いてあげればよかった。戦争のこととか。」話す。

心に傷を負った兵士たちは戦後その家族にも影響を与えていたという。
海軍の兵士だった父と暮らした67歳の女性。
終戦後3年にわたり、シベリアに抑留された父にたびたび、暴力を振るわれたという。
その後父は母と離婚。父は女性が10歳の頃、自ら命をたったという。

私はこのニュースを、戦争中や抑留中に、誰かから身体に暴力を受けなかったか?頭や背中や首を殴られたり、蹴られたりしていなかったか?と脳脊髄液減少症の視点で見ていた。
誰もそんな視点で考えたり、研究したりはしてないと思うけど。

髄液漏れると、精神不調になり、
感情のコントロールができなくなり、
怒りを自分でも止められなくなる。
自分の異常を自覚していても、
自分の脳がコントロールできない。
不安も恐怖も強くなるので、
脳の扁桃体にも何かが起きていたのかもしれない。

脳脊髄液減少症が見逃され続ければ、
離婚や一家離散、自殺が起こる。

そんな事も知らずに脳脊髄液減少症治療医ですら、
脳脊髄液減少症は不定愁訴の病であって、脳脊髄液減少症では「死なない」なんて、
呑気な、間違った思い込みをしている若い医師に、昨年遭遇して失望した。

自分が髄液漏れたまま長年放置された事ないから、そんなに軽視できるんだ、と思った。

こうした、戦争とPTSDの報道で、私がいつも感じるのは、
「戦争によっての身体的な暴力、爆風、などで、人体に怪我などを起こすほどの身体的衝撃を受けたなら、
脳脊髄液が漏れたっておかしくないって事の視点が、いつも欠け落ちている事。

それに、専門家の誰も気づいていないと感じる事です。

髄液漏れれば、人間、脳がおかしくなる。
髄液漏れで結果的に精神に不調を、起こしているのに、
髄液漏れをそのままに、いくら精神の療養したって治るわけないでしょ。

怒りっぽくも、暴力的にもなる。
かつての、
ブラッドパッチ前の私がそうだった。

なんでもかんでも、心の病、PTSDと決め付けないでほしい。

日本国内での大事故の被害者も同じ。

悲惨な列車脱線事故でも、
たとえば、事故後、後からじわじわ、出てくる不可解な症状のすべてを
なんでもかんでも、PTSDだと最初から決めつけないでほしい。
戦争後遺症や、事故後遺症としての
脳脊髄液減少症の視点が全くないのは問題だと思う。

世界中で、戦争後遺症としての脳脊髄液減少症の研究が進み、早期発見早期治療が望まれると思う。

今回のNHKサタデーウォッチ9で、
最後に
「国立病院機構肥前精神医療センターは
今後研究を進め、戦争が及ぼす精神的な影響について公表していきたい。」としめくくられていた。

ぜひ、脳脊髄液減少症を思わせるような症状に苦しむ患者が、当時いなかったか?の視点でも調査研究してほしいと私は思った。

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