映画感想『これからの私たち All Shall Be Well』
静かに、しかし怒りを湛えた抗議のまなざしでじっとこちらを見つめてくる映画だ。
観た上で考えることは非常に多く、しかしあまり感想を外に向けて吐き出すことが難しい。
理由の一つは、単にストーリーの内容だけで言えば 公式サイト やその他レビューサイト等のあらすじに記載されている以上のものではなく、しかし一方でこの映画が何を描こうとしているのか、どこを眼差しているのかを理解するには実際に鑑賞するより他無いからだ。私の抱いた感想は冒頭で述べたように「静かだが怒りを抗議の意を深く示す映画」であったが、その静けさの質や怒りに内包された感情の数々あるいは抗議の向けられた先がどこであるかはここで万の言葉を尽くしても正確に伝えることはできず、従ってただ一度鑑賞し受け止めて欲しい、というより他無い。
もう一つの理由は、私は少なくとも現時点では当事者の側でなく(側、という言葉を使うこと自体もあまり適切ではないのではないかと思っているが、この映画が描いたように実際にそこには法なり制度なり個人の感情なりによって引かれた何らかの線が存在しており、そして私自身その線を引いていないという確証はどこにもない)、そのためにこの映画の内容について何を述べたとしてもそれは外側からの言にしかならないということだ。私が投げる言葉が「父親が死んだからと言って母親を追い出そうと言い出す人間」の吐く言葉とは違っていると、一体誰が判断できるというのだ。
そのうえで一言だけ、私は善くあろうとすることを諦めないでおきたいという誓いをここに添えておく。それはいつかどこかで限界を迎えることだろう。その限界は法や制度によるものかもしれないし私自身の問題によるものなのかもしれない。それでも私は善くありたいと思っている。
映画を観た後私は花を買い、ウィスキーを飲んだ(本当は山崎が良かったが高すぎて買うのを諦めた。無念)。
殺風景な部屋に連れてこられた花はあまり居心地が良さそうではないがそれでも確かに彩りを提供し、それを眺めながら飲むウィスキーは普段とは違った味をしているような気がした。
年末の休暇では海にも行こうと思っている。これから見る海はどのような景色に映るのだろう。
